004.マルボロ フワ。 吐き出された煙が、開けられた窓から外に出て行く。 ソファに座ってそれを目で追ったりしながら、ふと煙草を吸うのは久しぶりだということに気づいた。 「……」 以前吸ったのは確か、二週間以上前だ。 企画者のミスで行事の準備がたてこみ徹夜が続くことは当たり前、特にこの一週間は仮眠も侭ならなかった。 それが一昨日終わり、夜半まで報告書やら何やらと格闘して、家に帰り着いたのは昨日の明け方。 体力馬鹿のアレンも徹夜続きにはさすがに参っていたのか、何を言うでもなく家の前で別れて、多分自分の家で泥のように眠ったのだろう。 グレンシールはといえば、風呂に入るのも忘れてそのままベッドに直行、三秒で眠りの世界へ旅立ち、ふと目が覚めたら昨日の夜だった。 十二時間以上眠っていたのかとぼんやり思いながら、変な時間だが腹もすいていたので仕方なく起きて風呂に入り、簡単につくった料理を食べてまた眠った。 そして自然に目が覚めたのが一時間前、今日の朝である。 職業柄普段から鍛えているからか、ここのところの疲れは長時間の睡眠でほとんど取れたらしい。 グレンシールとしては、自分は今日も一日眠り続けるのだろうと思っていたのだが、自然に目が覚めては仕方が無い。 思わぬ暇な時間ができたわけで。 読みかけになっていた本でも、とリビングに向かったところで、テーブルにのっている煙草の箱に気がついた。 フワ。 また煙が外に出て行く。 なんともなしにそれを見つめながら、先程からある違和感に目を細めた。 この銘柄はいつもグレンシールが吸っているものではなく、十日間ほど前にアレンが置いて行ったものだ。 曰く、この煙草は年々タールの量が減っているから体への悪影響が少ないらしい。 今度からこの銘柄にしろ、とも言われた。 確かに、今まで吸っていたのものと比べると明らかにタールの量は少ないし、当然味も違う。 味にこだわるわけでもないしヘビースモーカーでもないから不満はないが、煙草を吸わないアレンがわざわざこれを買いに行ったのだと思うと、知らず笑みが漏れる。 「ま、今日あたり来るだろ」 アレンは肺が汚れる、と言って吸わない。 出来ればグレンシールにも吸ってほしくないと思っているのも知っている。 知っているというか、実際に言われるのだ。 ただアレンは誤解しているようで、グレンシールは別に煙草が好きなわけではない。 暇な時に気が向いたら吸うというだけで、アレンが思っているほど吸ってはいないし癖になってもいない。 別になかったらなかったで構わないし、早い話がどうでもいい。 あまり一つのものに執着する方ではないのだ。 ついさっきもアレンが買ってきた銘柄の箱が目に入るまで、すっかり煙草の存在は忘れていたくらいだった。 「止めてもいいんだけどな」 これに気づいた時も、別に吸う気はなかったのだけど。 だけど多分。 もうすぐアレンが隣からやって来るだろうから。 昨日は自分と同じように一日中寝て、多分今日は自分より早い時間に起きていたはずだ。 どうせまた明日から仕事なのだから今日会わなくても別にいいのだが、長年の付き合いで分かる。 多分アレンは来る。 だから。 「吸わないわけにはいかないだろ…」 煙草を灰皿に押しつぶして、片付けずにそのままにしておく。 そうすれば、アレンは嬉しそうに笑うだろうから。 グレンシールが煙草を吸うのは嫌がるくせに、自分があげた煙草を吸っていたということを知ったら、笑うだろうから。 「お前のせいだろうが」 今すぐに止めてもいいと思っているグレンシールが、気も向かないのに煙草を吸うのは。 グレンシールのことを考えて、なるべく体に悪影響のないものをとわざわざ選んで、アレンが買ってきたから。 アレンが買ってきてテーブルに置きさえしなければ、もしかしたらそのまま止めていたかもしれないのに。 「馬鹿アレン」 お前が俺に吸わせてどうするんだ、と。 苦笑しているところに、ガチャガチャと鍵を差し込んでいる音が聞こえた。 やっぱりな、と思っているうちに玄関の扉を開ける音、廊下を歩く音がして。 リビングに通じる扉が開けられた。 「グレン、起きてるかー?」 「起きてる」 「あれ、珍しいな。お前いつもなら起こされるまで寝てるのに」 ソファでくつろいでいるグレンシールの姿を見つけて、アレンは不思議そうな顔をした。 それからふとテーブルの上に置かれているものに気づいて。 灰皿と、押しつぶされて火が消えた一本の煙草と、マルボロの箱。 横目でアレンを見て、自分の予想が当たったことに。 「当然」 とグレンシールは呟いた。 2004 2 24 色々マルボロについて調べたんですが全然出せませんでした…。 ご精読ありがとうございました。 |