053:壊れた時計
















その声を聞いたのは、人込みや騒音で騒がしい街の一角だった。
「え、電車止まった?」
ガヤガヤと騒がしいそのなかで、アレンの耳はかろうじて携帯から聞こえるその音を拾った。
『ああ。なんか地震があったらしい。急に停まった』
「あー、そういえばさっき少し揺れたかも。いつ発車するとか、アナウンス流れてないのか?」
向かいのビルの電光掲示板を見上げれば、画面下に確かに地震があったことを告げる文字が流れている。
外にいるからか全然気付かなかったが、そこに表示されている数字はなかなかに大きなものだった。
『全然、ひたすら地震があったとしか言わない。だからアレン、お前先に行ってろ』
「何で?」
『何でって…。どれくらい遅れるか分からないんだから先行ってた方がいいだろ。幸い場所は俺も知ってるし』
「ああうん、それは分かってるんだけどさ」
『は?』
何を言っているんだというニュアンスが短い言葉のなかにこめられていて、アレンは少し困った。
理由を説明すれば相手は納得するだろうが、さすがにちょっと言いにくい。
「えーと、なんていうか。先に行きたくないっていうか」
『何で』
「や、なんとなく。とりあえず、待ってるからさ」
そう言うと、相手は携帯電話の向こうでため息をついたようだ。
周りが騒がしいせいで聞こえたわけではないが、少し空いた間からそう感じた。
『…じゃあ、あと十分だ。十分経っても俺が着かなかったら行け』
「ん、分かった。じゃあな」
譲歩されたその十分という時間に笑顔で携帯を切る。
そのままジーンズのポケットに押し込むと、アレンは電車の中でわけが分からないと微かに眉を顰めているであろう親友を思い浮かべて笑った。
いつになるか分からないから先に行けと言った彼の言い分は正しい。
だけど。
「行きたくないんだから、仕方ないだろ」
先に、というよりも一人で行くのが。
別に目的地であるそこが怖いとかマフィアの屋敷だとかそういうことではない。
ただ気分的に、なんとなく、一人で行きたくないのだ。
他の友人とだったら。
今日一緒に行く相手が彼じゃなかったらきっと自分は、別に何とも思わず、お言葉に甘えてさっさと行くだろうに。
「何で、あいつだけ」
ちょっとしたことでもすぐに話したくなるし、何かあれば一番に知らせたいのもあの男で。
正直なところ、何でここまであの親友と他の友人とで差があるのかが分からない。
分からないけれども。
「あ、十分すぎた」
アナログの腕時計をふと見やれば、携帯を閉じる時に見た時刻を十分どころか優に十五分以上は過ぎている。
まだ電車動かないんだなと浅いため息をついて、それでもアレンの足は動こうとはせずに。
「行きたくないんだよな」
一人では。
無意識に漏れた呟きに苦笑して、再度腕時計に目を落とす。
先ほどの電話から既に二十分が経とうとしているその針を、横のリュウズを回して今から三十分前に戻した。
そして背後の壁に背を預け、ここからでも見える駅の改札を見つめる。
絶えず人があふれ出てくるその中に親友の姿は見つけられず、さていつになるかとひたすら待ち続けるつもりの自分に、小さな笑いがこみ上げた。
本当に、何でここまであの男を待とうとするのかが分からない。
先に目的地に行って、そこで待っていればいいのに。
何故こんな場所でつっ立ってまで待っているのかと、自分でも不思議で仕方がないのに。
「…一緒にいたいんだよなー」
周りが呆れるくらい話をしても、少し離れるとすぐにまた話したくなる。
次から次へと話したいことは山ほどでてきて、話しすぎて話題がなくなってしまう時だってあるのに。
そんな時だって側にいたくて仕方ないのは、どうしてなのか。
何でこんなにも、一緒にいたいと思うのだろう。
―――目的地までのたった五分弱の時間までも、共有したいだなんて。
 ただそれのためだけに、その何倍もの時間をつっ立って待ってるなんて。
「馬鹿みたいだ」
そうは思いつつも、当初の待ち合わせ場所であったここを離れることもできずに待っている。
みたいじゃなくて本当に馬鹿なんだと内心で嘆息し、約束の時間になろうとしている時計のリュウズをまた回す。
これでは時計の意味もなければこんなことをやってる意味もないのだが、それでもアレンは律儀に十分前に針を戻して。
「意味はなくても、お前を待つ理由にはなる、と」
未だ現れない親友が改札から出てきた時、自分の姿を見つけて驚いて、そして何でまだ待ってるんだと呆れ半分不機嫌半分で訊いてきた時に。
時計が壊れてたと言えば、彼はどんな反応をするだろうか。
呆れ果ててため息をつくか脱力するか、そのどちらかだとは思うけれども、とりあえずそれまでは。
「壊れた時計になってもらいますか」
そしてまた、針を戻す。
改札に目を向けると、新たな電車が入ってきたのかまた人が溢れ出ていて、しかしそのなかにアレンの待ち人はなく。
「俺に何回、時計壊させる気だよ」
グレンシール。












一秒一秒正確に時間を刻む時計を、あと何回。



















2005 11 10
現代パラレルで、当サイトでは珍しくアレンの片思い。
腕時計の針を調整する横のあれ、リュウズという名前だということを初めて知りました。

ご精読ありがとうございました。