069.片足










士官学校の訓練はきつい。
それでもやはり、軍の訓練と比べればまだまだ甘かったのだ、と。
テオの軍に入った一日目にして、二人は思い知らされた。
「いっ…!」
へとへとに疲れ果てて軍の宿舎にどうにか辿り着き、ベッドに座り込んで演習靴を脱ごうとしたその時。
アレンは声にならない悲鳴をあげた。
思わず痛みの走った踵を押さえ込み、そのまま後ろにたおれこむ。
「〜〜〜〜っ…っ」
演習でつくられる傷―――刺し傷やすり傷―――といったものとは違うジンジンとした痛みに、うっすらと目の端に涙が浮かんだ。
これは、かなり痛い。
「…ぅ…」
「アレン?」
あまり慣れしたんではいない激痛の中でもしっかりと聞こえたその声に、うっすらと目をあける。
ぼんやりとした視界でも、すぐに分かるその人物。
「グレ、ン…」
アレンがベッドに倒れこんでいるため、また相手が部屋の入り口にいるため、グレンシールはアレンを見下ろす形になる。
ようやく痛みがひいてきてほっとアレンが息をはくと、その様子に何を勘違いしたのかグレンシールが心配げな顔つきでベッドの方へ歩いてきた。
「どうした?怪我したのか?」
一旦部屋に戻ってから風呂に行くのが面倒で、グレンシールだけは直接宿舎の玄関から共同の風呂に行った。
手早くすませてそして部屋に帰ってきたら、アレンが何故か苦しんでいるこの現状。
つい先程までは自分と同じく疲れ果てていただけなのに、何故。
グレンシールは微かに眉をしかめた。
「アレン、どうした?」
ぼんやりとこちらを見上げるアレンは何も答えようとはせず、そして再び息を吐いて。
「あー……終わった」
一転して安堵の表情を見せた。
「は?」
「あー痛かった…」
「…アレン」
「ん、何?」
「…お前、何で苦しがってたんだ?」
さっきまで涙をにじませるほど苦しがっていたのに。
この変わりようはなんなんだと、グレンシールは先程とは別の感情から眉を顰めた。
一方アレンは少し不機嫌そうなグレンシールに疑問を感じて首を傾げる。
「いや、靴擦れができてて」
だが賢明にもそこには触れずに、問いに答えるだけにとどめた。
グレンシールと親しくなってまだ二年にも満たないが、こういう時にしてはいけないことくらいはいい加減分かってきている。
これが知り合った頃の自分だったら、間違いなく「何で不機嫌なんだ?」と訊いていた。
その結果は言わずもがなで、ならば素直に答えたほうがいい。
「靴擦れ?」
アレンの読みは当たった。
思わぬ単語にグレンシールは視線をアレンの足元にやり、不機嫌オーラは一瞬で消える。
一層不機嫌になるのは避けることができたようで、内心「やっぱりな」と思いつつアレンは靴擦れができた右足をひらひらとふってみせた。
「できてるだろ。踵」
正確に言えば踵というよりもやや内側のところ。
そこに決して小さいとはいえない靴擦れができている。
「これに触ったのか?」
「靴脱ごうとした時にガリッと」
ガリッと。
その擬音語からいくと、相当強く当ててしまったのが分かる。
想像するだけで痛い。
ようやく納得したグレンシールはため息一つはいて、まだ湿っている自分の前髪をかきあげた。
「今日全員に支給された演習靴か。お前どれくらい動き回ったんだ?」
この演習靴は軍人用に開発されたものだ。
身軽に動きやすいことを重視してつくられているのだから、靴擦れになるなんてことは滅多にない。
余程、動き回らない限り。
アレンのことだから、やっとテオの軍に入れて嬉しくてつい気合が入ってしまったというところだろうか。
「お前は?なってないのか?」
「なるわけないだろ」
ベッドに寝転んだまま、さも意外だという顔で見上げてくるアレンに軽いデコピンを食らわせる。
反射的に目を閉じたアレンに笑って、ついでといってはなんだがそのまま身をかがめて口づけた。
触れるだけのそれはすぐに離れて、アレンがうっすらと目をあける。
「…お前、石鹸の匂い」
「そりゃな。お前も入ってこいよ」
「…しみるよな…」
情けなくそう呟いて、アレンはちらと自分の足元に目をやる。
つられてグレンシールも見やるが、確かに。
今はどこにも触れないように気を配っているからか何の痛みも感じていないが、風呂に入ってお湯や石鹸の泡が触れたら。
しみるどころではなく悶絶しそうなほどの痛みにアレンが襲われるのは確かだ。
かといって、この汗だくのままで眠るのはとてもじゃないが気持ち悪いだろう。
「…入ってくる」
諦めたようにため息をついて、アレンはゆっくりとベッドから身を起こした。
あくまで傷に触れないように注意しているからか、歩き方が少しぎこちない。
「アレン」
扉を開けて部屋から出て行こうとしているアレンに後ろから呼びかけて、振り返らせる。
「何だ?」
「階段でこけるなよ」
「誰がこけるか!!!」
そんなことでわざわざ呼び止めるなと一瞬で顔を赤くして、思い切りバン!と扉を閉められた。
相変わらずからかい甲斐のある反応にくつくつと笑って、グレンシールは先程のアレンと同じようにベッドに寝っ転がる。
ふと髪に手をやった。
湿っているが、この状態ならすぐに乾くだろう。
「…仕方ない」
風呂で絶叫するアレンが簡単に想像できて、また頬がゆるむ。
「もらいに行ってやるか」
未だ湿っているこの髪が乾いたら。
医務室に絆創膏をもらいに行ってやろうと、苦笑した。














2004 5 6
に以前の日記に書いたものです(現在2005 5 19)
靴擦れできてばーっと書きました。

ご精読ありがとうございました。