01:「欲求不満だよな?」









久し振りに来てみたら、恋人兼親友の顔に見慣れないものがあった。
「?何だ?」
首を傾げるその様はいつも通りだ。
その声も表情も、全部今までのアレンと何ら変わりはないのだけども。
「お前、目悪かった?」
そんなわけはない、と分かっているのに聞いてしまうのは、らしくもなく動揺しているからだろうか。
聞かれたアレンはきょとんとして、それからようやくグレンシールの言いたいことに気付き「これか」と自分の顔を指差した。
正確にいうなら顔ではなく、かけているメガネを。
「あー、会社がパソコン使うこと多くてさ。目痛くなるから仕事の時だけかけてるんだ」
なるほど。
この現代社会において珍しいほど目がいいアレンは―――なんせ両目共に2.0だ―――しかし入った会社はIT関連という、せっかくの宝をすぐさま無に帰すようなことを今年の四月にした。
ただでさえパソコンの画面は目に毒だというのに、目のいいアレンには特にそれが顕著だ。
実際就職活動でパソコンを使った後は必ず目が痛いと言っていたくせに、その痛む目を我慢しながら行ったエントリー等その他諸々の就職活動の末、とってきた内定は何故かIT関連の会社。
内定をもらったと嬉しげに話すアレンに、思わずお前馬鹿なんじゃないかと言いそうになったのは自分ともう一人の友人であるクレイに共通する話だが、とりあえずそれは置いておくことにして。
グレンシールはアレンの顔をじっと見つめた。
 これは、結構。
「グレン?」
「いや、何でもない」
「そうか?ならいいけど」
で、入れよ。
単純なのか人がいいのか、多分その両方だと思いながら、グレンシールはアレンの言葉に従ってその後を追った。
ドアを閉めて靴を脱ぎ、そして。
「っ、グレン?いきなりどうし…って、おい!?」
背を向けたアレンを抱き寄せて、そのままうなじに口づける。
服の中に手をいれてわき腹をなでるとピクリ、と体が震えるのが分かって笑みが漏れた。
「欲求不満だよな?」
「違……」
「本当に?」
聞けば、アレンは一瞬黙ってから。
「……う、と言いきれないのが男の悲しいところだな…」
「素直でよろしい」
前してから一週間以上、これで欲求不満じゃないといったら二十代前半の男としては物悲しい。
「ってちょっと待て!俺は仕事中なんだぞ!」
「………仕事?」
本人も認め、これで問題はないだろうと判断した上で体の線を伝い出した手を服の上から押さえつけられて、グレンシールは眉を顰めた。
が、社会人になって数ヶ月、未だ未熟でもバイトとは段違いの責任の重さがあるということを知識だけでなく身をもって実感した今、さすがにその言葉には一時動きを止めざるをえず。
一瞬落ちかけた機嫌はとりあえず維持しつつも、腕の中のアレンを覗き込む。
背の違いがあるからこそできるそれにアレンは一瞬不服そうな顔をして、だが今更なのは分かっているのか何も言わずに、奥のリビングを指差した。
家主の性格を表すかのようにきちんと整えられたリビングに置かれているデスクの上には、何かのデータとグラフが映っている起動済みのパソコンがあって。
「ちょうどやってたんだよ…」
だからメガネもかけてるんだろ、と言うアレンは、心なしか居心地が悪そうで。
その様にグレンシールは欲求不満だからだな、と簡素に内心で結論を出し、だがこのままでいたら元々生真面目なアレンが仕事に戻ってしまうのは自分じゃなくても予想できる。
だったら、と。
「う、わっ?」
アレンがグレンシールから離れようとしたその一瞬前に、背後から抱きしめる形になっていたせいで密着していたその背中を、廊下の壁に押し付ける。
突然のことに軽く見開いた目に構わず口づければ、近すぎて必然的に合う視線が、何故だか今日は少し遠くて。
ああ、メガネか、と思いながら舌を割り込ませて更に接近すると、プラスチックが目鼻にあたってあまり深く侵入できないことに気付いた。
内心で舌打ちをして、いつもと比べたらあっさりとアレンから離れる。
「っふ……、グレ、ン?」
「それ、邪魔」
「…は?邪魔って……いや、邪魔なのはお前…」
至近距離から言われた内容にアレンは一瞬呆けて、それでも反論できるのは長年の付き合いからだろうか。
それをいちいち聞いてやるような性格ではないことも、知っているはずだが。
「ま、似合うからいいけど」
「はあ?…っ、」
何を言っているのかと声音から読み取れるが、再び口づけて黙らせた。
服の中に手を這わせ、腰の線を辿る。
ぶるり、とアレンが震えたから、もう一方の手で体を支えてまた撫で上げると、涙目で睨まれた。
「…、ちょっお前…グレン!こんな廊下でする気か!?」
「悪いか」
「悪いわ!!っておい…っ」
「仕方ないだろ」
ちろりと耳元を舌でなぞれば、瞬間的に力の抜ける体に笑って。
「メガネかけてんの、結構きた」


















2006 6 23
企画発動第一弾はメガネネタでした。
IT関係の会社しかパソコンを使ってないという思い違いをしているわけではないのでご安心下さい。ただクレイの名前を出したいがために打っただけなのです。

ご精読ありがとうございました。