■ 「お前、ほんと分かんねえ」 人がせっかく部屋に遊びに来てやったってのに、その主である目の前の男の意識は手元の本へと向けられるのみで。 黙っていれば天下一品のその外見、だけど中身は唯我独尊なくせに親しくなった奴にはある程度その中に踏み込んでくるのも許すという―――早い話が、猫みたいな性格のこの男。 「…責任中心点とは、責任会計制度の経営組織上の構成単位である」 「は?」 「責任会計の領域が変化するにしたがって、責任中心点も変化した。その三つの中心点の名前を答えよ」 「………えーと、原価中心点…cost centerと、profit centerと」 「和名は」 「英語でもいいだろ別に!…profitだから収益…いや、利益…?」 「あと一つ」 「………。……………investment、だっけ?和名は忘れた」 「まあまあ正解だ。なんだ、結構頭いいじゃないか。クレイ」 手元の本から顔をあげて、ようやくこちらを見たかと思ったら意地の悪い笑みと共にそんなセリフを投げかけられた。 ……………いや、知ってたけどさ。 お前のそういう性格、知ってたけどさ、グレンシール。 「でもムカつくものはムカつくんだよなっつーかお前に結構頭いいとか言われても全然嬉しくないっていうかむしろムカつきが湧き上がってくるんだけなんだけど分かって言ってんだろお前!」 「さすがクレイ、ご名答」 「この上なくわざとらしいしな!?あーもう本当にお前わけ分かんねえ」 2006.4/19 資格の勉強であまりに覚えられなかったので代わりに。 ■ くら、と床が揺れた気がした。 しかし直後にここが電車の中だということを思い出して、咄嗟につり革を掴む。 こんな公共の場で倒れるわけにはいかないし、第一倒れたらそのまま目の前に座っている人にダイブすることになる。 さすがにそれは避けたいと思い、そしてそう思える余力があることに少し安心する。 カーブにさしかかったのかガタン、と大きく車体が揺れた。 つり革を掴む手を強くして、どうにか重い体を支える。 何で放送入れないんだふざけるな、と普段なら気にもとめないことに内心で悪態をつき、そして再度、電車の揺れではない揺れに襲われた。 こみあげてくる吐き気をこらえ、目を強く瞑る。 地元駅まではあと三つ、先ほどのカーブから十五分強後。 ―――やばいかもしれない。 「あの、…大丈夫、ですか?」 耳慣れない声に、僅かに目を開ける。 真正面に座る男が、こちらを見上げていた。 「席どうぞ。…大丈夫ですか?」 有り難い申し出だ。 お言葉に甘えて譲ってもらうと、自分の体重を支えずにすむ分楽になった。 それから心配げにたたずむ男―――高校生くらいだろうか―――に気付いて一瞬迷い、しかし声を出すのが辛い今、礼を言うのは正直無理だ。 としたら、一番分かりやすい表現方法といえば。 「っ………、」 うっすらと、笑ってみせる。 まともに笑えてるかも分からないが、シカトする形になるよりはいいだろう。 座れたことで少し余裕がでた頭でそう思い、相手を見上げれば―――何故だか、高校生の顔が赤いような。 (………?) 不思議に思いつつも、こみあげてきた吐き気に意識をもっていかれてしまって。 2006.5/23 本当は席を譲ってくれたのはアレンだったんですが、そこまでいかなかったのでただの無名キャラに。 ■ 自分とアレンの性格の違いを、今更どうこう言うつもりはない。 最初から正反対だということはお互いに分かりきっていたし、それを承知で今の関係になったのだ。 だがアレンという人間は、グレンシールが思っていたよりも余程予想のつかない人間で。 単純馬鹿は単純馬鹿でも突拍子もない単純馬鹿だったり。 理詰めで物を考えるのが苦手で、そしてそれを本人も自覚しているその上で、時には自分をも凌ぐ柔軟な考えをぽろりとこぼしたり。 全く飽きない、と思う。 思い切りのいいところや、鈍感なくせに変なところで敏感だったりするところも嫌いじゃない―――というよりは、好きなところで。 惚れた弱みなのか、それとも今自分が好きだと感じる数々のそれらがあったから惚れたのか。 今となってはよく分からないが、その数あるグレンシールが好きなアレンのなかでも結構な上位に入るのが。 「…っ、う、うー……」 室内に二人。 隣からは泣きじゃくるアレンの声が聞こえて、グレンシールは半ば感心しながら、目の前のそれから視線を移した。 暗い部屋でぼんやりと浮き上がっているアレンの項や肩は時折震えていて、つい思考が別の方にいってしまいそうになるのをどうにか抑える。 さすがにこんな状況でその気になりたくはない。 いや自分はなってもいい。 が、アレンが嫌がるだろうし、そもそもその気になった根本的原因を思うと、そこまで自分はがっついてるのかと少し情けなくなってくるのが正直な話だ。 「……おい、アレン」 「…っく、可哀想、だ…っ」 軽く息を吐いて馬鹿な考えを散らし、膝に埋めている黒髪をぽんぽんと叩いてやる。 さらりとした感触が伝わってきて、しかし本人は未だ嗚咽を漏らしたまま、泣き止む気配もない。 「そこまで泣かなくたっていいだろうが」 「だ、って、ひどいじゃないか…っ」 好きでそうなったわけじゃないのに。 続いた言葉はひどく悲壮感が溢れていて、それだけを聞いたならグレンシールも何事かと思うだろう。 しかし今自分はその原因を知っているがため、元々細い自らの毛先ほども驚くこともなく。 代わりに横目で目の前のそれを確認し、「ほら」とアレンに教えてやる。 「お前が泣いてる間にとっくに立ち直って、今は笑ってるぞ。…あのソフィーとかいう娘は」 「えっ!?」 がばっと膝から顔をあげたその目に映るのは、たくさんの兵士に追われつつも不思議な乗り物に乗ってなんやかんやと元気な老婆と若者と犬一匹ともう一人の老婆。 楽しそう、とは一概にはいえないが元気なその姿に、アレンはゆっくりと笑う。 「そっか…よかった」 そしてまた、楽しそうに観始めて。 すごい奴だ、と思う。 悪く言えば極度の感動屋、よく言えば人の心を感じ取ることが出来るといったところだろうが、言ってしまえば作り物である映画、しかも絶対泣くようなところじゃなかったのに。 何でそこまでと内心で呟いて―――だけど。 「あー、楽しそうだなぁ。な、グレン」 「はいはい」 だけど、その感動屋なところは、結構好きなのだ。 自分では絶対にできないそれを自然にやってのけるアレンが羨ましいとかではなく、ただ、好きで。 ひどく甘ったるい感情だという自覚はあるが、それでも好きで。 「ああやって引越しできたら楽だよな」 「分かったから大人しく観てろ」 「あ、何だよその言い草」 「いいから観ろ。ほら、あのババアが手出してきたみたいだぞ」 「ああっソフィー!!」 ずっと続けばいいのに、と柄にもなく思ってしまうほどに。 2006.9/13 ハ○ル小話。 ■ 教室に入って後ろから二番目奥、いつもの定位置を陣取ってちらりと前方―――席の造りが階段状になっているため、やや下方に下げる必要がある―――を見やる。 器用に視線はそのまま、今日の講義の教科書を乱雑に机の上に置いてから、ようやくクレイは口を開いた。 「なあ。あれ、何?」 「知るか」 自分の声音にも良いものが込められているとは言えないが、グレンシールの短いそれには如実に不機嫌という感情が表れている。 あれ、と思ったのだ。 教室に入った瞬間、いつもの定位置にいるはずの人物が一人足りなかった。 だが隣に座るこの男がいるということはその相棒もいるということで、トイレだろうくらいにしか考えていなかったのだけれども。 頬に手をついて、眼下の二人を眺める。 「で、ずっとあんな調子なのか?」 「あの豚親父の目的っつったら一つだろ」 「…ったく、いい年して盛ってんなよなー」 声を憚ることなく話しているから、本当だったら聞こえているはずだ。 しかし普段ではあり得ないほどに目的の人物に急接近できているためか、当の本人はこちらにその暑苦しい横顔を向けたまま、何やら口走り続けている。 その一つ一つに相槌を打ちながらも少しずつ後ずさりしているアレンの表情は、いい加減にしてくれという思いと愛想笑いがない交ぜになったもので。 「グレンシール。助けてやった方がいいんじゃねーの?」 あの中年男は、言ってしまえばアレンに下心を抱いている人間だった。 2006.10/16 仕官学校時代のグレアレ+クレイ。 続きをいつか書きたいと。 ■ 他人と一緒に、というのは苦手だった。 何をやるにしても、何もしていなくとも、他人が関わってくるのがわずらわしくて仕方なかったはずなのに。 「グレンシール!」 後方で大きく呼ばれた―――叫ばれたと言った方が正しいかもしれないが、歩みを止めることなくそのまま士官学校の狭い廊下を進む。 図書室は、この先の角を曲がればすぐだ。 右手に持つ、世間一般から言えば決して薄いとは言えない厚さのこの本をようやく読み終わったのは昨日の夜で、自分にしては珍しく返却日がせまっていた。 この廊下を歩くのも久し振りで、妙な既視感のようなものさえあって微かにおもしろくない。 他人にペースを乱されるのは好きではないのだ。 なのに。 「おいこら、グレンシール!」 「うわっ…!?」 声とともに後ろから襲ってきた衝撃に、驚いた。 咄嗟に本を持つ手の力を強くしてやりすごし、それを落とさなかったことにほっとする。 本に傷がつくとかではなく、もしこれが足の甲に落ちたら激痛が走ることは確実で。 そうはならなかったことに対する安堵だったが、いきなり襲ってきた衝撃本人はこっちの思うところに何も気づいていないらしい、こら、反応しろなどと騒いでいて。 はぁ、とため息が出る。 「グレンシール?聞こえてないのか?」 「うるさいほど聞こえてる。…で?」 「で、って?」 「いきなり抱きついてきて、何だ?」 僅かに顔を後ろへむければ、黒髪と大きな赤い瞳が容易く見えた。 肩から首元に両腕がまわされているせいで大して動けないが、この後ろから抱きつかれた状態ではそれだけで充分に近い。 ただでさえ表情が豊かなのに、瞳のそれまでもが簡単に読めるこの距離で、アレンは一つ瞬きをして。 「何って、別に何も。お前が返事しないからなんとなく、か?」 「…あ、そ。俺がこれを落としたら最悪どうなるか、とかは考えなかったんだな?」 「これ?」 アレンの目の高さに例の本を上げてやると、うわ、と眉をしかめた。 「またそんなの読んでたのか…頭痛くなるぞ」 「なるか。っつーかそれよりも、これを俺が足の上に落とした時のことを心配しろ」 「あー………痛そうだな」 「……お前な…」 想像したのか更に嫌そうに顔をしかめるが、本来そうなってもおかしくなかったのはこっちで、そう成り得たかもしれない原因をつくったのはアレンだ。 なのにずれている返答しかしないアレンは、しかし悪気がないのは分かりすぎるほどに分かるので。 グレンシールは二度目のため息をついた。 「あれ、どうした?」 「や、別に」 お前のせいだっつーのと心の中だけで呟く。 言ったってどうせ無駄だから、労力のかかることはしない主義だった。 だがこういう時は勘が働くのか、アレンは首にまわした腕に微かに力をこめて。 「おい、アレン?」 「言ーえー」 「…何でもないって言ってるだろ」 「…その間があやしい。言ーえー」 「……あのな…」 「お前ら、いつまでそうしてるんだ?」 終わりのない攻防戦が始まるかというところで、タイミングよく呆れ半分面白半分といった表情のクレイが、会話だけ間に入った。 後ろから抱きつかれているグレンシールと抱きついているアレンの間に入るのは正直無理だし入る気もなく、一人身軽な状態でクレイは再度二人を見やる。 「ここ、どこだか分かってます、お二方?」 「廊下だろ」 「図書室のすぐ近くのな」 わざとらしく一言ずつ区切られたその問いに、アレンが先に、グレンシールが具体的な場所をつけたして答えたそれを聞いて、クレイは更に口を開く。 「更に、今週は運悪くレポート週間。人の行き来もいつもの倍以上。…そんな場所でいつまでくっついてるんだよ、お前ら」 「あ」 「………はぁ」 アレンは忘れていたとばかりに目を見開き、グレンシールはすっかり気付かなかった自分にため息をついた。 ペースを狂わされるどころか、これは。 2007.4/26 まだグレアレが親しくなり始めの頃。 ■ 『夜明け』でドラクエ[ネタバレですので未クリアの方はお気をつけ下さい(真EDです) 何かが見えていることに気がついて、そこでようやく目が覚めたことを知った。 見慣れたあの天井は、ここが自分の寝室だということを寝起きでボケている頭にも性格に教えてくれる。 のっそりと上半身を起こし、サイドテーブルに載せたはずの携帯を開いて確認すると、意外にもそこには自分で思っていたよりもかなりの時間が過ぎていた。 完璧な遮光カーテンのおかげで、灯りを消したこの部屋はただただ暗い。 いつもだったらあの片腕が起こしに来る時間はとうに過ぎていて、外は雨や曇りでなければ明るい太陽が射していることだろう。 眠るのが好きな自分にとっては突然のラッキーだが、何かあったのだろうか。 が、起きぬけの頭ではそこまで考えられたのが上出来なほどで、グレンシールは再度ベッドに沈んだ。 ただいまの時刻、午前11時39分。 「……何やってるんだ…?」 約一時間半、という奇跡的な短さでその後再び覚醒したグレンシールは、今度こそベッドから起きた。 暗くても慣れた部屋だ、憶測ない足取りで寝室を出てシャワーを浴び適当に用意して居間への続く扉を開けた途端「うあああー!!!」という叫び声が聞こえ、しかしそれが危機感とは全く別、いや危機感はあるのだがなんとも間抜けなものだったのでグレンシールの手が懐の銃に伸びることはなかった。 ただ一瞬動きが止まり、そして中途半端に開いた扉を完全に開ける。 と、グレンシールの目に映ったのは、薄型テレビの前に陣取ってなにやら叫び続けているクレイの背中だった。 そして冒頭のセリフがつい口を出たが本人は全然気付かないようだ、ひたすら画面を見ては叫んでいるその姿に倣って画面を見てみると。 『姫の幸せを守るのも、近衛隊長の仕事だと思うぜ?』 『………』 「そうだ、いいこと言うククール!!!」 どうやらプレステでゲームをしているらしい、画面でキャラが話すごとにクレイは賛同やら叫び声やらを上げ続けていてさっきのはこれか、とその顔を見るがクレイの全神経はそちらに集中しているのかこっちに気付きもしない。 そういえば数日前、久々にゲームを買ったのだと言っていた気がする。 ハマるのが分かっていたから我慢していたのについに手を出してしまったとよく分からないテンションで一人盛り上がっていたが、それがこれか。 ふと、足元に『DRAGON QUEST[』と書いてあるケースを見つけた。 そのパッケージのキャラは先ほど見たキャラで、しかしこのシリーズは格ゲーではなくRPGだったはずだ。 何でこいつはこんな叫び声をあげ続けているのかと首をひねるが、クレイはそんなグレンシールに気づきもせずに叫び声をあげ続ける。 どうやらいつの間にか話が進んでいたらしい。 『待て。その必要はない』 「ああっクラビウス王!!待ってたよ、俺あんたを待ってたよ!!」 「……」 『その者は、ミーティア姫の花婿だ』 『!?』 『ザワザワザワ……』 「うあああー!!きたきたあー!!!」 「…………」 教会らしき入口から花嫁と、そして小さい人間らしきものが入ってくる。 悲しみに伏せられた花嫁の瞳は、しかしその先にある人物を見て驚きに彩られた。 そして視点は変わり教会正面、ついでその前の広場へと画面が下がり、教会の扉が開く。 どよめく人々の前に現れたのは純白のウェディングドレスを纏った少女と、ソフトのパッケージから察するに、主人公である少年。 「お、おおおお…!!!」 期待が膨らんできたのだろうか、意味不明の呻き声をあげてクレイは何故か姿勢を正し正座―――確か日本の座り方だが、何故正座なのかグレンシールにはさっぱり分からなかった―――で画面を食い入るように見つめる。 話し掛けても無駄なのが分かりきっているので仕方なく画面に目をやれば、先ほどの二人が教会の前で見つめあい、そして―――キスをした。 『ワアアアアアアアー!!!』 「うわあああああー!!!!」 ゲームの中の歓声に負けることなく(といってもこのRPGは声付きではないので分からないが)大歓声をあげたクレイは、正座のまま万歳をする奇妙な態勢をしてみせた。 少し経って画面は変わり、馬車に乗り込んだ二人は手と手をつなぎ見つめあい、微笑するその様はグレンシールからしたら「どこの純愛だ」と言いたくなるほどの純愛っぷりだが、熱狂しているクレイにはそれすらも感動のシーンらしい、「やっと、やっと…!!!」と握りこぶしで叫んで以下略。 更に画面が変わってスタッフロール、国に帰ってきたらしい馬車、そして羽ペンで書かれた「The End(筆記体)」の文字。 そこまでいってようやく、クレイは落ち着きを取り戻した。 「ふー……一日十五時間プレイ生活を続けた甲斐があった…」 「あの連休はそのためか」 数日前、確かこのソフトを買ったと言ったのと同じ日だった気がするが、いきなり連休がほしいと言い出してきたことはまだ記憶に新しい。 「…あれ、いつ起きたんですか?」 気がついてないことは重々承知していたが、それでも本気で気がついていなかった発言にそんなに熱中してたのかとため息が漏れる。 ゆっくり眠れたから自分的には全然構わないが、だから起こしにこなかったのかと今更ながらに納得だ。 「たったさっきだ。起きたらお前が叫んでるから、何かと思った」 「ああ、ちょうど真エンディングにたどりついたとこだったんで興奮してて。やっぱ結婚は愛する人同士でないとな、うんうん。くぅっ!いいな純愛!!!」 何似合わないことを言ってるんだと猜疑の視線を送るが、本人はやはり気付かずにひたすらハイテンションで、純愛とは何たるかを勝手に説いてくる。 姫をずっと守ってきた主人公こそ結婚相手にふさわしいとかこれこそ純愛とか王家と竜の血で特別感もばっちりとか。 「ずっと想い続けてきた者同士の結婚!やっぱこれだよ…!!やってくれたよスクエニ!!」 「………」 「久々の心に来る純愛…!引き裂いちゃいけないんだよな、純愛は!!!」 「……うぜえ」 「ああボス、というわけで俺、無理に結婚とか進めませんから」 「…は?」 しかし、さり気なく出てきた単語に反応しないわけにはいかなかった。 …今何て言った? 「いやー、これやる前は無理にでもまとめるつもりだったんだけど、だってそうしないと子供つくんないだろ?跡取問題とか出てくるからさっさとと思ってたんだけどな♪」 「………」 「でも俺は純愛の素晴らしさを知ったからな!お前の好きな人を連れてきていいぞ!それまで待つからさ☆」 「……………」 近年、稀に見るテンションの高さ故か言葉遣いが昔に戻っている。 いやそれはいい、それは全然いいんだがちょっと待てお前。 「おいクレ」 「じゃ、俺はちょっと寝るから♪久々のゆっくりした睡眠、あ〜今日はいい夢見れそうだな♪♪」 そしてばたん、とプレステもソフトも片付けもせずに部屋を出て行ったクレイを見送るしかなかったグレンシールは、しばらく固まったまま。 「…………もしかして、俺は助けられたのか…?」 意図せずこのゲームに。 パッケージのドラクエ[の文字が、一瞬光った気がした。 2007.6/13 ドラクエ8クリアしました記念。 クレイはゲーム好きだと思うのです。 ■ 何故だかいきなりタイタニック。 楽士達の最後の演奏が聞こえる。 悲鳴と、それをかき消す轟音の中。それでも二人の耳に届いたのはまさしく奇跡だ。 きっと彼らは決めたのだろう。 ―――自らの最期を、誇りと共に。 それを思うと、溢れくる混乱と恐怖とが本当に僅かだがおさまった。そして、何よりも。 「…最期だな」 「ああ」 隣にいるこの男の存在が、未だ正気を保たせてくれる。 一人ならばきっと、とても耐えられなかった。遅くても数分後には必ずくる死の恐怖に。 いっそ狂えたら楽だったのだろうが、だけど。 赤と緑の瞳が、お互いを映す。 「「―――お前がいて、よかった」」 今この場に。 この時に、他でもないこの存在がいてくれることが、泣きたいほどに嬉しい。 生きて欲しい、とは思えなかった。 それを望むにはあまりに死の恐怖は大きすぎて、ただただ、相手がここにいてくれることが嬉しくて。 ―――愛しくて。 滲んでくる涙を、抑えようとは思わなかった。 震える身体をお互いに抱きしめて、強くかき抱く。 冷たい海に沈んでも、凍りついても。 どうか。 どうかこの暖かさだけは、忘れないように。 船が大きく、傾いだ。 全ての明りが一瞬で消えて―――痛いほどの静寂が、満ちた。 2007.12/25 ラストらへん、船が沈む寸前のシーンです。 ■ マフィアのあるかもしれない未来話です。 管理人の坊の名前はラフィシュといいます。 熱風が顔にふきつける。眩いほどの圧倒的な炎に、だがラフィシュは何も感じなかった。 もしかして、じゃない。彼は、絶対にあの中に―――今にも焼け落ちそうな屋敷の中に、いる。 「…アレン!!」 反動的に駆け出して、しかし一本の腕に行く手を遮られる。グレンシールだ。細身に見えるのに、ラフィシュを抱き込むようにしている腕は動かない。いくら力をこめても、腰に回った腕が外せない。 「ラフィシュ殿」 「放して下さい!アレンが中に…っ!」 「―――っ、」 ぴくりと一瞬、ラフィシュの体をおさえている腕が震えた気がして。 思わず目の前の燃え盛る屋敷から、顔と視線をあげる。見上げた先のグレンシールは、すでにラフィシュを見ていなかった。腕の力はそのままにラフィシュの後方へと視線をさまよわせていて、ようやく一点へと定まる。同時に、背後から急いだ足音が。 「確認しましたが、屋敷から逃げた者の中には…」 「クレイ」 「、はい」 「ラフィシュ殿を」 「っわ…」 頭上で交わされる会話。 おそらく『アレンはいなかった』と続いたであろう言葉をグレンシールが遮り、自分の名前が呼ばれたと思ったら丁寧な、しかし強い力で後ろへ押された。すぐに肩と背中を支えられて、クレイさんだと瞬間的に思う。 「…ボス?何を」 一拍置いて、いつもとは違う色をのせたクレイの声が上からした。たった数秒、だけど彼からしたら十分すぎる間に、何かを明確に感じ取ったのだろう。 ラフィシュは、何も言えずに目の前の男を見上げて。 炎に呼ばれた風が、ばたばたと髪を舞わせる。 グレンシールは煩わしそうに一瞬顔をしかめ、そして。 「…クレイ」 「―――頼んだ」 「―――っボス!!」 上から叫びが、聞こえた。 それはいつも飄々としている彼からは想像もできないほどの、切羽詰った音。 それは遠ざかるあの背にも、聞こえているはずなのに。たったさっき自分を止めたのは、彼なのに。 「グレンシールさん!」 炎は更に勢いを増している。オレンジの光に目を灼かれ、後ろ姿を見失いそうになる。燃え盛る屋敷へと走り出したその脚は速い。 ふと自分の体を支えていた力がなくなって、ほぼ反射に近いところで、ラフィシュは自分の隣を通り抜けようとした腕をつかんだ。 分かっている、だけど。 「駄目です!」 「ボス!!戻って下さい!…っグレンシール!!」 「クレイさん!!」 必死に叫ぶクレイの気持ちが分からないわけがない。体格差から生じる力の不足分を、しかしラフィシュは気力で埋めた。 クレイに向けられたあの一言を、意味のないものにしてはいけない。 視線の先で、急速に遠ざかっていった背が業火に飛び込んで―――消えた。 2008.1/4 思いついたので打ってみたもの。 本当は頼んだって言われた時のクレイの心情が書きたかったのです。 |