甘いなぁ。 はふと、何度目になるか分からない呟きを内心に落とした。 この二人がそういう仲というのは以前から―――それこそ解放戦争が始まる前から知っていたし、二人がどれだけ仲がいいのかも知っているつもりだ。 それでも。 (まさか、これほどまでとはね) 表面的には普通に笑いながらも、内心で苦笑せざるをえない。 トランの英雄と謳われるにそんな感想を抱かせるのは、このトラン共和国の幹部であり、宮城だけでなくグレッグミンスターの街中でも女性に名高い二人の青年―――グレンシールとアレンである。 先程から三人で会話をしているのだが、どこかおかしいのだ。 最初それに気づかなくて違和感があったのだが、ふと気づいてしまえばあとは苦笑するばかりで。 (さて、どうしようかな) がそう内心で呟いた時、今現在の話し手であるアレンの声が大きくなった。 どうやら話の佳境に来たらしい。 「それでですね、こいつなんて言ったと思いますか!?」 グレンシールが先程にといれてくれた紅茶が乗っているテーブルをはさんで、の向かいのソファに座るアレンは、その隣にいる相棒を指差しながら頬を紅潮させている。 どうやらその時のことを思い出して、今再び怒っているらしい。 アレンらしいな、と思いつつも「そうだなぁ」と思案すると、から向かってアレンの左に座り、素知らぬふりをしていたグレンシールの手が伸びた。 (あ) 僅かに目を見開いたに気づかないまま、グレンシールはアレンの手を左手でぐいと掴んで下げさせる。 「何だよ、グレン」 「人を指でさすな、馬鹿アレン」 「馬鹿って言うな!」 「分かった分かった」 「グレン、お前馬鹿にしてるだろ…」 「だから言ってるだろうが、馬鹿アレン」 「お前な、俺の方が年上ってこと忘れてないか?」 「お前が事あるごとにそう言ってくれるおかげで忘れる暇がない」 (…やっぱり) 目の前で繰り広げられる光景に、苦笑がもれた。 この二人、お互いと後はしかいないのに、何故かいちいち名前を呼び合っている。 しかもグレンシールもアレンも何故かほとんどと言っていいほどいつもお互いに触れていて。 (お互いに誰か牽制したい相手でもいるのかな?) が違和感を感じたのはそこだ。 いくらこの二人が素でピンクのオーラを出していようとも、ここまであからさまではなかったはずだ。 グレンシールは必要以上にアレンに触れようとしているし、アレンはアレンでそれに必要以上に絡む。 それをどこか二人とも楽しんでいるような風情まである。 それは幼い頃から二人を知っているにしか分からない程度の、ごくかすかなものであるが。 (だとしても) 目を伏せて、可能性のある人物を思い出してみる。 この二人を怒らせたらどれほど怖いか。 は身をもって知っているわけではないが、二人の強さは知っている。 若くして将軍という位置にあるのだから、それは誰でも分かるというものだ。 それでも二人の間に入ろうとする勇気のある人物はいただろうか。 「一体誰だろう…」 「?様?」 「何かおっしゃいましたか?」 「え?」 かけられた声に二人を見やると、触れ合ったそのままの状態でこちらを見ている。 小声で呟いたつもりだったが、どうやら聞こえていたらしい。 「ああ、うん、さっきアレンが言ってたろ?グレンシールが何て言ったかって。それを考えてたんだよ」 笑いながら言うと、思い出したようにアレンが「そうなんですよ!」と声をあげた。 「考えたんだけれど、分からなくてね。グレンシールは何て言ったんだい?」 興味深げに聞けば、アレンはパアッと音がするほど嬉しそうに笑ってきらきらと目を輝かせる。 聞いてくれたのが嬉しいのだろう、意気揚揚と話し出すアレンに笑いながら、まるで子供みたいだなと思う。 よりも十歳近く年上なのに、時々アレンは子供のような表情をする時がある。 自分でさえこう思うのだから、ずっと側で見てきたグレンシールの目にはどう映ってるのか。 ちらりとアレンの隣を見やれば、面倒くさそうにだがちゃんと話を聞いてやっていて。 そしてその表情は、笑ってはいなくても明らかに愛しい者を見るもので。 この二人を引き離せる人なんているのだろうかと、再度思った。 二人のそれぞれの部下だろうかとも考えたが、すぐにそれはないだろうと思い直す。 この二人の強さを身近で知っている彼らが、そんな命知らずな行動を起こすとは思えない。 ならば宮城に勤める女官かと思って―――何故一番始めにこの考えが出てこなかったかというと、二人の部下がどれほど自分の上司に強い憧れを持っているか知っていたからだ―――目を細める。 文句ない容姿に若くして将軍という地位をもつグレンシールとアレンが、女性にもてるのは当然だろう。 アレンは明るくて気さくな性格が女性にアプローチをしやすくしているのかもしれない。 グレンシールは興味の無い人間には冷たいところがあるが、逆にそれがいいと思いを募らせている女性がいるのかもしれない。 それが一人二人ならば断るのは容易いが、何と言ってもトラン共和国の宮城だ。 女性がどれほどいるのかは知らないが、そのなかでどれくらいの女性がアレンとグレンシールに好意を持っているのかも知らない。 (…あれ?) そこまで考えてはた、と気づいた。 今自分達がいる部屋は人の目に触れるテラスや中庭ではない。トラン共和国の、まぎれもない左右両将軍の執務室の間にある休憩室である。 ここは二人が仕事の合間に休憩と称して使う部屋で、お茶などは一式そろっている。 廊下に面した壁には扉がついていないため、この部屋に入るためには両隣の部屋からしか入れない。 そして今、この場には二人としかいないわけで。 牽制するような相手はどこにもいない。 (…じゃあ何で二人はあんなに…?) にとって兄のようである二人が、自分を牽制する可能性ははっきりいってない。 ならば何故、と僅かに首を傾げて、テーブルをはさんで正面に座る二人それぞれの表情を見やる。 さっきの話題とは全然違う様子から、いつの間にか二人の会話も違う話題へと移っていたようだ。 グレンシールの前髪をアレンが一房つまんで、しげしげと眺めている。 隣同士で座っているはずの二人の距離がますます近くなっているような気がするのは気のせいだろうか。 隣だったのにそれ以上距離が近くなるのことがあるのかと、は内心でため息をつく。 そして耳に入ってくる二人の会話。 「グレン、前髪伸びたんじゃないか?」 「かもな」 「目に入らないか?邪魔だろ、長いと」 「行くのがめんどくさい」 「休みの日に外に出たくないってのも分かるけどさ。でも目が悪くなるぞ」 「このくらい平気だ」 「でもなぁ、お前…」 どこに行くのがめんどくさいのか。 主語が抜けていても二人は普通に会話を続け、そうしているうちにグレンシールの指が前髪を摘んでいるアレンの手を掴んだ。 というよりは包んだ、と言った方が正しい。 そのままアレンの手をひきはがすでもなく自由にさせているから、別に意図することがあって触れているわけではないらしい。 ただ触れているだけだ。 それをアレンも気にすることなくグレンシールの前髪をもてあそんでいる。 は呆れたような表情で、当人達ではなく当人達から発せられている空気中の『それ』を見た。 (ピンクっていうか…何て言うんだろ、真っピンクって言うのかな) もはやピンクなんてそんな可愛らしいものではない。 テーブルをはさんだ向こうから漂ってくるオーラの色はものすごい濃いピンク色をしている。 衣を染め上げる時に使う染料のような、それほど濃いピンクだ。 テーブルの上にある紅茶にはまだ砂糖をいれていなかったが、そのオーラに感化されて砂糖そのもののように甘くなっているんじゃないかと思えてくる。 自分のことを忘れてそういうオーラを飛ばす二人の姿に、ふと一つの可能性がよぎった。 (…もしかして) 誰かへの牽制とかそういうのではなくて。 が勝手に難しく考えてしまっただけで、本当は理由なんて存在しなくて。 「ただ単に、そういう時期なだけ…?」 呆然と呟いたにも、今度は二人とも気づかない。 (うわ…) 案じた自分が馬鹿みたいだ、とため息をつきながら前髪をかきあげる。 そのままソファの背もたれに思い切り背を預けるが、目の前の真っピンクのオーラは消えてくれそうも無い。 むしろさらに濃度を増しているような気さえする。 (あーあ…) 天井を見上げて、は一人嘆息した。 恋人達には、ある一定の期間でそういう時期がくる。 周りのものからしたらはた迷惑なだけでしかない、いわゆる『あなたしか目に入らない』状態だ。 目の前のグレンシールとアレンは恋人同士になってかなり長いはずだが、濃度が薄れるということはないらしい。 逆に、これからもますます増していくのではないだろうか。 見上げていた天井から視線を戻し、目の前のにとって兄のような存在の二人を見る。 (これは完全に…) 未だに至近距離で会話をしている二人は、の様子に気づいた感もない。 普段ならば、のことを以上に気づく二人なのに。 「惚気られちゃったな…」 さてどうやってここから抜け出そうかと。 浮かべるしかない苦笑をして、はすっかり冷めてしまった紅茶を一口飲んだ。 自分の予想通り。 真っピンクのオーラにあてられたそれは、とても甘かった。 2004 2 3 こういう三人が理想です。 ご精読ありがとうございました。 |