泡が手から腕へとゆるゆると落ちていく。
二の腕というよりはほとんど肩に近い位置まで袖はまくりあげてあるから、その点は心配ない。
だが、のぼせないですむかどうかと言われたら正直、自信はなかった。
大して広くもないバスルーム、脱衣所へと続くドアはしっかりと閉められていて熱気はたまるばかりで。
「…やっぱり風呂に服着て入ったら駄目だよな…」
「あ?」
ふう、と軽いため息をつくと、こちらは悠々自適といった風に湯船に浸かっているグレンシールから訝しげな声が返ってきた。
当然彼は服を着ているわけはなくて、それでもたかが布地一枚、お互いの身体は三十センチも離れていないのにどうしてここまで体感温度が違うのだろうかとアレンは首を傾げたくなった。
「熱気がこもって暑くてさ。ところでどうだ?気持ちいいだろ」
「ん。楽だな」
「…素直に気持ちいいって言ったらどうだよ」
泡だらけになった手で髪をかきまわし、あまり爪をたてないよう、それでもある程度の力はいれて。
濡れたことで濃くなった金髪を一房指で掬うと、湯に浸かってない剥き出しの左肩にぽとりと白い泡が落ちた。
つられるようにしてそのまま二の腕、肘へと視線を移していくと、手の甲から手首にかけて巻かれている白い包帯が。
その下にある十センチ弱の傷は、昨日に比べて少しはふさがっただろうか。
 一週間は絶対に風呂は控えるように、気持ちが悪くても体を拭く程度でやめろと他国にも名高いリュウカンに言われたにも関わらず、この男はたった二日目で、それはそれはあっさりと破ろうとした。
慌ててそれを止めたアレンに、だったら、と彼が出した解決案が。
「かゆいところとかないか?」
「ない」
オマケとばかりにうなじを軽くマッサージして、確認をする。
つまりそういうことで、アレンは服を着たままバスルームに入り、手を泡だらけにして、悠然と湯船に浸かっている相棒の頭を洗ってやっているのだけれども。
別にそれ自体に文句があるわけではない、頭小さいなとか洗ってやるのってもしかして初めてかもとか、そんな他愛ないことを考えながらグレンシールに触れるのは、思いの他幸せな気分になれた。
 なれたのだけれど、如何せん―――暑い。
どんどんこもっていく熱気のため、これ以上ここにいたらのぼせるのは目に見えていて。
本当はもう少し、幸せな気分に浸っていたかったのだが仕方ない。
「グレン、頭流すぞ。目閉じてろ」
「ん」
どうも素直だなと訝しみながらもシャワーで泡を洗い流していく。
その際にも包帯が巻かれた部分に湯がかからないようにと注意を払い、肩や腕に残っていた泡も綺麗に落とした。
「アレン」
こんなものでいいだろ、とシャワーを止めたところで呼ばれて、湯船に浸かっているグレンシールを上から見下ろす。
「出るのか?」
「頭洗い終わったし、体は自分で洗えるだろ?熱気がこもってて、のぼせそうなんだよ」
「入れば」
は?と見返せば、普段と変わらない無表情でパンツ、と呟いて。
「濡れてるだろ。気持ち悪くないか」
「あー、まあそりゃな」
一応膝下までの短いパンツで挑んだが、考えてみればグレンシールの頭はどうやってもそれより上にあり、そしてシャワーから流れる湯もやはり上から落ちてくるので、はっきり言って丈の長さには意味がなかった。
おまけに泡を落としてやった際に水滴が跳ねて上半身も濡れてしまっていて、確かにグレンシールの言う通り、気持ち悪い。
しかし泡の残っている自分の手をシャワーからカランに切り替えて水で洗いながら、アレンは緩く首を振った。
「でもいいよ、別に。着替えればすむし、それよりあがってきたお前の頭、拭かなきゃだろ」
興味がないことには指一本動かさないのがこの男だが、どうやら自分自身もその興味がないことに入っているらしい。
アレンが常日頃から風呂上りには頭を拭けと言っているのにも関わらず、無頓着すぎる彼は未だにそれをしようとせず、それを見つけてはアレンが拭いてやっているという状況で。
それを言えば、グレンシールもただ濡れたアレンの全身を見て言っただけだったのだろう、「そうか」と無表情なまま頷いた。
「じゃあ、俺あがってるからな」
「ああ」
水を止めて立ち上がり、ようやくこの熱気から逃げられるとバスルームのドアに手をかけたところで振り返る。
 水滴をとばすために軽く頭をふっているグレンシールに何故だか微笑ましい気分になって、そして出て行こうとして、ふと。
濡れたグレンシールのこめかみから、つぅ、と頬を流れ、顎まで伝った水滴がぽちゃり、と湯船に落ちるのが、見えた。
 それが、なんだか。
「………」
「…アレン?」
立ち止まったままの自分に向けられた言葉に、どうかしたのかという意味が込められているのは分かっていたが、何故だか答えられなかった。
 すぐに出て行くつもりだったのに、熱気で暑いのに。
ふらりと再び、グレンシールの真後ろへ立つ。
「……?」
 少し怪訝そうに見上げてくる緑は、額にへばりついている色素の薄い前髪が少し被っていていつもよりも若干濃い。
そんなことを思いながら上半身を屈めて、真後ろに立つアレンを見上げたために逆さになっているグレンシールの顔に、覆い被さるようにキスをした。
多分ちょっと驚いてるんだろうなと思いながら、目に映るのは湯船に張られた湯と、それに浸かっているためにぼやけているグレンシールの体。
 いつもとは少し違う体勢でのキスはなんとなく不思議で、いつもはひんやりとしている唇も熱い。
珍しいその温度に、そういえばバスルームでキスをするのが久々なんだ、とぼんやりと思った。
触れるだけだったそれをそっと離せば、逆さになっているグレンシールはやはり、少し驚いた顔をしていて。
「えーと、頭を洗ってやった礼ってことで」
「…安い礼だな」
「まあな。思いのほか幸せになれたし」
「へえ?」
微かに笑ったグレンシールに、同じ程度で笑い返した。



















2007 8 8
久々の甘々。甘々のつもりですがどうですか。
ので、タイトルもわざと捻ることなく「Bubble love」。
ご精読ありがとうございました。