前は冬が嫌いだった。


でも、今は好きかな。



『The privilege of winter』

 



「寒い、いれろ」

「は?」




 

Alen side

俺は何を言われたのか分からなかった。
灯りを消して十分くらいたったら急に二段ベッドの上段から降りてきて、枕を手にいきなりの発言だ。
(ちなみに俺とグレンの寮の部屋は違う。なのに何で違う部屋のグレンが二段ベッドの上段にいたかというと、今は冬期休暇中でほとんどの生徒が故郷に帰っていて、寮全体がガラガラだから。っていうか寮に残っている奴なんて、俺達も含めて十人にも満たないと思う。当然俺もグレンも部屋に一人で、だったら冬期休暇の二週間、一緒にいた方が当然楽しいに決まってる。で、なら同じ部屋で寝ても構わないだろってことで、グレンが俺の部屋で眠ることになったからなんだけど)
 いれろって…。
目を見開いたまま反応できない俺に、グレンは僅かに首を傾けて俺を覗き込んだ。
うわ、いきなり顔近づけるなよ。
男だっていうのは分かってるけど、なんかお前の顔見ると恥ずかしくなるんだから。
別にクレイとかは平気なのになあ。
 無意識に違う方向へ考えをめぐらしていた俺に業を煮やしたのか、グレンの行動は素早かった。
「寒いって言ってるんだ、早くつめろ」
俺の枕を奥へやり、わざわざ上段のベッドから持参した枕をその横に置くと、グレンは俺がかけている毛布をめくった。
「え?グレン?お、おいっ!」
目で俺に詰めるように言い、驚いたままの俺に構うことなく素早くベッドの中に入ると、枕に頭を乗せて少しもぞもぞした。
…どうやら居心地のいい体勢になろうとしているらしい。
っていうかお前、ここは俺のベッドなんだけど。
何でこんな狭いとこにわざわざ入ってくるんだ?
体勢が整ったのか、グレンシールは動くのをやめて安堵したようなため息をついた。
「…グレン?」
思わず隣を覗き込むと、緑の目が俺を見た。
そしてぽつりと呟く。
「…まだ寒いな」
「おい、グレン…って、こら、何するんだ!冷たいぞお前」
何を思ったのか、グレンはいきなり俺を抱きこんだ。
触れる腕や手、身体が冷たい。
さっきまでこいつも自分のベッドに入ってたはずなのに、何でだ?
そんなに長い間外にいたわけでもないのに。
さっきのため息は俺のベッドが暖かったからか。
「まだ寒いから協力しろ。お前体温高いからあったかい」
ばたばたと暴れる俺をおさえつけて、ぬけぬけと言う。
俺はお前のゆたんぽか!?
俺の肩に顔をうずめて放すから、髪や吐息があたってちょっとくすぐったい。
「ちょっと…おい、グレン!!」
「黙ってろ」
力じゃ負けないはずなのに、抱きしめられてるこの体勢じゃ、はっきり言ってグレンから放してくれないと抜け出すのは無理だ。
本気になればできないこともないんだろうけど、グレンシールだし…。
ちら、と見やると、目を瞑っていてアイスグリーンを見ることはできなかった。
それでも眠ってるわけじゃないってことは、俺を抱きしめる腕の力で分かる。
子供かこいつは…仕方ないな…。
その仕草は、なんかいつものグレンシールと違ってて、新鮮で。
俺は苦笑した。
「…冬の間だけだからな」
「あ?」
身体の力を抜いて言ってやると、グレンはぱち、と目を開けた。
至近距離にある俺の顔に驚くことなく、逆にまじまじと見つめてくる。
あ、こんな間近で人の顔見るのって初めてかも。
「お前が寒がりだってのはよく分かったから。だから、冬の間だけなら俺んとこ来ていいよ。足もこんなに冷えてんじゃないか、お前」
足を少し動かすと、さっきの腕や手と同じように足も冷えていた。
これじゃいつまでたっても寒くて眠れない。
グレンはいつも体温低いから、冬はなおさらなのかも。
「…」
「グレン?」
足のほうにやっていた視線を何も言わないグレンに戻す。
と同時に、俺は改めて強く抱きしめられた。
「…お前、やっぱ好き」
後頭部をおさえられていてグレンの顔は見えないけれど、呟かれたそれから察するになんか嬉しそうかな。
もし笑ってるんなら、せっかくだから見たい。
いつもは意地悪くしか笑わないんだからさ。
「?何言ってるんだよ、俺達親友だろ。当たり前じゃないか。俺もグレン好きだよ」
結局頭をおさえている手をはずしてくれないのでそのまま言うと、ふとグレンが黙った。
あれ、俺なんか変なこと言った?
グレンの顎のラインにそって頭を置くような形で抱きしめられている俺は、疑問を感じつつも目を閉じた。
普通男に抱きしめられたら気持ち悪いんだろうけど、グレンの場合はなんか違う。
気持ちいいっていうか、安心するっていうか。
とにかく嫌じゃない。
「グレン」
「…ん?」
あ、怒ってるってわけじゃないみたいだ。
じゃあさっきのは気のせいか?
そう思っていると頭をおさえていた手がはずされて、俺は顔をあげた。
いつも体温の低いグレンシールの手が、今はあったかい。
「もう寒くない?」
俺が聞くと、グレンは微笑んで。
「…ああ、寒くない」
それから俺達は、男二人で共有しているベッドは狭いはずなのに、ちっとも気にならずに眠った。









翌日。
何回も起こしてやっと起きたグレンに、俺は昨日寝る直前に思ったことを言っておくことにした。
「あのさ、一応言っておくけど」
「何だ?」
「俺、お前以外の奴だったら速攻はっ倒してるからな」
「は?」
ちょっと目を見開いたグレンは、いきなり何だ?という顔をしてる。
いや、だからさ。
「いくらお前以外の奴が寒いって言ったって、昨日みたいにするのはごめんだってこと」
男同士で抱き合うなんて、はっきり言って嫌だ。
何でグレンは平気だったかっていうと、よく分からないので親友だからということにしておく。
グレンの顔をのぞきこむと、何でかちょっと安心したような顔をしていた。











 

Grenseal side

元々大きな目を、アレンは更に見開いた。
もう消灯時間は過ぎているので部屋の中は暗いけど、夜目に慣れていたのでよく見える。
俺は元から体温が低いせいか、冬になると全然ベッドは暖まらない。
いくら眠るのが好きな俺でも、こんな寒いままっていうのはさすがに無理だ。
で、思いついたのが体温の高いアレン。
こいつはれっきとした恒温動物だから、こいつのベッドの中は暖かいはずだ。
いくら寒くたって野郎のベッドに入るのはごめんだが、アレンだけは別。
好きな奴のベッドに入るのが嫌な奴はいないだろうし、アレンはアレンで鈍いから多分何も考えずにいれてくれるだろう。
っつーか寒いんだけど。
いつまで目を見開いているんだと覗き込むと、少しアレンの頬が赤くなった。
やばい。
可愛い。
他の男が顔を赤くしても気持ち悪いだけだが、こいつだと可愛いとか思えるから不思議だ。
にしてもいちいち顔を近づけるだけで赤くなるなよ。
お前は鈍いから気づいてないだろうけど、俺はお前が好きなんだから。
そんな反応をされると―――はっきり言って困る。
「寒いって言ってるんだ、早くつめろ」
これ以上その顔を見てるとやばいと判断した俺は、さっさと持参した枕をアレンの枕の隣に置いて毛布をめくった。
「え?グレン?お、おいっ!」
反応が遅いんだよ、馬鹿アレン。
やっと我に返ったアレンには構わずにベッドの中に入ると、やっぱり暖かい。
こういう時はアレンの体温が高くてよかったと思う。
枕に頭をのせて寝やすい体勢をとろうとする俺を、アレンはわけがわからないという顔で見ている。
鈍い奴…普通気づくだろ。
まあ普通は男が自分のベッドに入ろうとしたら何が何でも拒絶するだろうから、俺としては鈍い方が助かるか。
体勢が整うと、身を包む暖かさに安堵のため息がもれる。
「…グレン?」
タイミングを見計らっていたのか、アレンが覗き込んできた。
視線が合うと、やつは首をかしげて。
…頼むからそんな小動物っぽい仕草をするな。
やばくなるんだ、本当に。
「…まだ寒いな」
「おい、グレン…って、こら、何すんだ!冷たいぞお前」
七割衝動と三割まだ本当に寒いのとで、俺はアレンを抱きこんだ。
肩に顔をうめると、アレンの匂いがする。
黒髪があたってくすぐったい。
暖かい身体は思ったよりも結構華奢で。
これで腕っぷしは強いんだから、分からないもんだな。
アレンの言葉どおり、俺の身体はずいぶん冷えていたらしい。
触れる腕や手、抱きこんだアレンの身体が暖かい。
…やばい。
自分からしたこととはいえ、俺はこいつに惚れてる。
その相手を抱きしめてるって…男にとっては結構辛い状況だ。
まあこんなところでしくじるわけにはいかないから、今はまだ何もしないけど。
「まだ寒いから協力しろ。お前体温高いからあったかい」
顔をうずめたまま、俺はばたばたと暴れるアレンをおさえつけた。
何もしないけど、みすみすこの状況から解放してやる気はない。
結構おいしい状況だからな。
「ちょっと…おい、グレン!!」
「黙ってろ」
少しの力じゃ抜け出せないように抱きしめているから、多分アレンはそのうち諦める。
顔に似合わず馬鹿力だが、こいつは結構性格が甘いから。
押しに弱い、とも言うか。
そんなことを思いつつ、アレンの暖かさが心地よくてつい目を閉じる。
予想通り諦めたのか、アレンは時折もぞもぞと動く以外は大人しい。
いつもこうだったらいいのに。
明日はこうはいかないだろうから、さてどうするか。
「…冬の間だけだからな」
「あ?」
明日のことを思案し始めたところに小さな声。
つったって抱きしめてるんだから小さいも何もないけど。
思わず目を開けると、至近距離にアレンの顔があった。
どちらかというと可愛いという形容詞が似合うと思ってしまうのは、やっぱり俺が終わってるからか?
「お前が寒がりだってのはよく分かったから。だから、冬の間だけなら俺んとこ来ていいよ。足もこんなに冷えてんじゃないか、お前」
そう言って俺の足に自分の足で触れてくる。
って、おい。
お前今、いいって言ったのか?
諦めるだろうとは思っていたが、明日以降の許しまでもらえるとは思ってなかったんだが。
「…」
「グレン?」
返事をしない俺を訝しく思ったのか、アレンは視線を足から戻した、と思う。
思うって言うのは、それをはっきり見たわけじゃないからだ。
さっきのアレンの言葉を理解すると同時に、俺はアレンを改めて抱きしめていた。
やばい。
本当にこいつ、可愛い。
明日はどうするかとか考えていたのに、こいつは一瞬でそれをパアにしてくれた。
単純で気まぐれで、しょっちゅうガキだと思うけど。
「…お前、やっぱ好き」
情けないが、顔がにやけるのを止められない。
アレンの頭はおさえこんでいるから見られる心配がない分、余計に。
でも多分、こいつは。
「?何言ってるんだよ、俺達親友だろ。当たり前じゃないか。俺もグレン好きだよ」
……ガキ。
そう来るとは思っていたが、やっぱりそう来たか。
それを分かってて言った俺も俺だけど、お前もうちょっとこの状況を分かれよ。
っていうかお前、もしかして他の奴がこういうことしてきても普通にオーケーするのか…?
…させねえぞ、アレン。
「グレン」
「…ん?」
あまりの無防備さに不安が生じたところで、当の本人の声がくぐもって聞こえた。
そういえばアレンの頭を押さえつけていたままだった。
解放してやると、アレンは文句を言うでもなくただ俺を見つめて。
「もう寒くない?」
と聞いた。
何を言うのかと思ったら、そんなことで。
あー、くそ。
何でこんなに可愛いんだ?
思わず、頬が弛む。
「…ああ、寒くない」
それから俺達は、男二人で共有しているベッドは狭いはずなのに、ちっとも気にならずに眠った。









翌日。
何度も起こすアレンに根負けして起きた俺と対照的に、何故かアレンははきはきとしていた。
起きたばかりのくせに何でそんな元気なんだ…?
横目で見ながらあくびをかみ殺す俺の顔の前に、アレンは人差し指をぴっと立てた。
「あのさ、一応言っておくけど」
「何だ?」
「俺、お前以外の奴だったら速攻はっ倒してるからな」
「は?」
ちょっと待て、それはどういうことだ?
目を見開いた俺に、アレンは「いや、だからさ」と前置きをした。
「いくらお前以外の奴が寒いって言ったって、昨日みたいにするのはごめんだってこと」
分かったか?といった風にアレンは俺を覗き込んだ。
…これは俺の都合のいいように解釈していいのか?
少し混乱しながらも、俺はそのアレンのセリフに安心した。















前は冬が嫌いだった。

でも、今は好きかな。

理由?





だってさ、いつもは滅多に見られないグレンの年下っぽい部分が見られるだろ?
グレンシールが甘えてくるから、好きだよ。





寒いっていうのが大義名分になって、冬の間はいくらアレンにひっついていても変に思われないだろ。
素直に身を預けてくるから、好きだな。

















2003 12 6
一度こういうのをやってみたかったのです。
ご精読ありがとうございました。