時々、本気で馬鹿なんじゃないかと思う。
「ポッキーゲームするぞグレン!!」
「…………は?」
いきなりやって来て宣言した相棒に、グレンシールは至極正しい反応をした。
ソファに身を沈めてくつろいでいたところに怒気迫る表情で突っ込んできたアレンの手には、ポッキー。
 ―――嫌な予感がする。
幾多の戦場で培われてきたグレンシールの勘が、本人にそう告げていた。
「ポッキーゲームって…アレン、お前」
 とても有名な、何故か人に広く知れ渡っているそれ。
それ以外のポッキーゲームなどあり得ないことを知っているのに、それ以外のポッキーゲームなんてあったかと無意識に逃避する。
そんなグレンシールを許さないかのように、アレンは堂々と言い放った。
「絶対するっつったらする!カミューとマイクロトフに負けてられないぞグレン!!」
「………なるほど」
その一言で、アレンがここに来たいきさつが簡単に予想がついた。
 アレンは負けず嫌いだ。
おおかた、時折トランにやってくる同盟軍盟主のそのお付き―――ロックアックス元騎士団団長のおそらく青―――マイクロトフの、その相棒との無意識的なノロケ話でも聞いて「俺達も!」と変な対抗心を燃やしたのだろうけれども。
(………馬鹿だ)
 恋愛というのは各々でペースもパターンも違うもので、競うものではない。
大体あの騎士二人がやったということは、十中八九カミューがマイクロトフに無理やりと言っても過言でないような強引さで押し進めたに決まっている。
そんな二人と、元々競うようなことじゃないことで競ってどうするんだとくだらない脱力感に襲われた。
「お前な、そんなことに対抗心燃やしたって仕方ないだろ」
「仕方なくない!お前がやらないなら俺がやる!」
ポッキーくわえろ!!
 せまるアレンは本当に真剣で、ふと戦場の時よりも気迫がすごい気がする。
はっきり言ってやりたくないが、しかしそのままでいても一回言い出したらきかないアレンのことだ、ここはさっさと従うに限ると、今までの経験でグレンシールは素直に行動に移した。
「お前でも平気なあまり甘くないのにしたから大丈夫だろ?」
差し出されたその先を大人しくくわえたことが嬉しかったのか、アレンはにこりと笑う。
そうやって普通に笑う姿は確かに可愛いのに、何でやることはポッキーを強制的にくわえさせることなんだ。
どうせなら普通に甘えてこい。
そう思いながらも確かに少しずつ口の中で溶け始めているそれは、あまり甘くもなくて眉を顰めないですむ程度のもので。
さすが自分の好みは把握していると半ば諦めにも似た心境で感心する。感心はするが。
(変なところで気ぃ利かすなよお前)
相手の味覚を気にしてわざわざその味を買ってくるくらいなら今この現状がおかしいということに気がついてくれ。
二十後半の男が二人、何が悲しくてポッキーゲームなどをしなくてはいけないのか。
だったら普通にキスした方がてっとり早いし自分にとっても余程いい。
だが思い込んだら一直線のアレンはそんな恋人の思いにも気づかず、ポッキーをくわえたグレンシールを満足げに見つめて。
「じゃあ始めるからな。動くなよグレン」
「…分かった」
器用にもポッキーを落とさずに了解の意を示し、しかし一応不本意だということを伝える為にため息をついた。
それがアレンにきくかきかないは長年の経験で分かっており、結局は彼に付き合ってやってしまう自分へのものかもしれないと内心でこぼす。
「…よし」
ソファにゆったりと腰掛けているグレンシールの両肩に手を置いて、まるで今から戦場へ向かうような真剣な声音でアレンが呟き、そしてポッキーの端を―――かじった。
ポリ。
ポリ。
ポリ。
ポリ。
ポリ。
(…アホだ)
室内に満ちる唯一のその音を間近で聞きながら、自分達の姿を客観的に思い浮かべてグレンシールは内心でそうごちた。
見づらいがちらりと視線を下げればポッキーはまだ半分以上残っていて、他に見るものもないのでそのまま目の前のアレンへと視線を流す。
 少しずつ近くなってくる顔の距離に今更気恥ずかしさを感じるわけもない。
表情は真剣そのもの、まるで親の敵のようにポッキーを見つめてかじっていく。
赤い目に睫毛が重なり、そういえば髪と睫毛の色が同じ人間は少ないとどこかで聞いた気がする。
本当かどうかは知らないが、とりあえずアレンは同じだなと揺れる前髪と見比べた。
 それにしても。
(本当に、変わらない)
学生時代と比べればやはり大人だが、童顔なことに変わりないのはある意味すごい。
 十代特有の幼さはなくとも、あどけなさというかなんとなく、そんなものがある。
加えてあれだけ食べても太らない体質だ、十年後でも二十代と言って通じそうな気がするアレンが簡単に想像できて恐ろしい。
 と、そこでアレンの頬が少し赤くなっていることに気付く。
「…?」
ポリ、ポリとポッキーをかじる速度も最初よりかは遅くなっていて、表情もなんだか困っているようなものになっていた。
それでもポッキーが残り少なくなっている今、口を開いてポッキーが落ちたらアレンが怒るのは一目瞭然であり、仕方なくそのまま見ていればますます頬が赤くなって、つられるようにしてポリという音の間隔も広がった。
 そしてついには。
「……っ」
「…?」
音が途絶えて、グレンシールの眉が僅かに寄る。
あと数センチというところでいきなり動かなくなってしまったアレンはいつの間に目を伏せたのか、ぎゅっと音がしそうなほどにつぶっていて。
「…………………」
どうしようもないのでとりあえず三十秒ほど待ってみたが、アレンはぴくりとも動こうとしない。
「……………………………………」
(………。…俺にどうしろと)
更に一分程待ってみてもやはり動かず、グレンシールはため息をつきたくなってきた。
 言い出したのはアレンで、面倒なことはさっさと片付けてしまおうと自分は渋々従っただけなのに何でこんな微妙な心境にさせられるのか。
二人の距離はざっと数センチ、いっそ自分が動けばとは思うが、仕方ないとはいえ自らポッキーゲームをやろうとするなんてことは持って生まれた性格が許さない。
アレンよりかは長い、それでも気短なところがあるグレンシールは更に眉を寄せる。
一体何なんだと内心で愚痴り、己の性格が許さないとは言ってもいつまでもこの体勢でいるわけにはいかない。
あと一分待って動かなかったらポッキーを折ってやるとまで考え、そこでふと一つの可能性が思いついた。
いきなり動きがとまったアレン、思い切りつぶった目、そういえば手が置かれている両肩の衣服は強く掴まれていて、そして先ほどよりも更に赤い、顔。
 ―――もしかして。
「…ぁ、え…っ!?」
折るのではなく、ただ唇でくわえている状態だったそれをアレンの口から引き抜いて素早く噛み砕いた。
そしてその音に目を見開いたアレンに単語を発する間を与えず、噛み付くように口づける。
「っ…ん、は……」
再びきつく閉じられた目と寄せられる眉。
舌を滑り込ませ、角度を変えながらも口内を味わえば先程見つめた睫毛が揺れた。
アレンの目尻に涙が浮かんだ頃にようやく解放してやり、そのまま後頭部に回した手で抱き込む。
抵抗することなくグレンシールの肩に顔を埋めたアレンは何も言わずに、ただ服を掴む手の力を強くして。
自分の予想が正しいことを確信し、軽く息をついた。
「…俺に見られて恥ずかしくなったんだろ、お前」
「〜〜〜っ…」
呆れたような声音で言ってやれば抱き込んだ頭が微かに頷く。
きっとその顔は今日で一番赤いはずで、しばらくはこのままだなとソファの手すりに置いていた手を背中にまわした。
全く馬鹿だ。
ポッキーゲームをすること自体には照れなど感じないくせに、至近距離で顔を見つめられるのは恥ずかしいだなんて。
動くなと言われたからアレンを見つめること以外できなかったのに、そのせいで動けなくなったなんて本当に馬鹿すぎる。
「…馬鹿アレン」
「だ、だって…っ」
ふう、と二度目のため息をつくと短い言葉が返ってきたが、結局その後は続かずに反論のための接続詞が意味をなさない接続詞へと変わっただけだった。
「…他に、言いたいことは?」
「…うー…っ」
おそらく何もないだろうと思いつつも訊けば、悔しげな、そして間抜けな呻きの後に首が横に振られる。
 本当に、馬鹿だ。
だがしかし、そこは恋人の欲目、恋は盲目というやつで。
馬鹿だと思うのは止められないが、まあ、こんな馬鹿なら可愛いかと。
ため息にしては至極甘い三度目のそれをついて、仕方ないとばかりに、抱きしめる腕の力を強くした。

























2005 5 13
時々乙女アレンが書きたくなるのです。

ご精読ありがとうございました。