赤月帝国が打ち倒され、トラン共和国が建国されて数ヶ月たったその日。 二人は同時に休暇届を出した。 色とりどりの花が咲き誇っている。 どれもこれも丁寧に手入れがされており、さてどれを買うか、となるととても迷う。 薔薇のような派手で立派な花は今回はふさわしくないから除外するとしても、かなり種類があるその中から二・三種類を選ぶというのは結構難しい。 一つ一つの花をよく見比べて、店頭を占領すること数十分強。 ようやく花を選び終え、店員に花束にしてもらった頃には約束した時間をとうに過ぎていた。 代金を急いで払って花束を受け取り、時間をかけて選びに選び抜いたそれを崩さないように走り出そうとした時、目的の人物がこちらに歩いてくるのが見えた。 うわ、やばいなと思いつつもとりあえず走ってその人物が待つところまで行くと。 「花を選ぶのに何分かかってるんだ、お前は」 しかも走ったら崩れるだろうが。 呆れているようで呆れていない声で言われた言葉は最もで、それでも一応言い訳はしておく。 「いや、つい綺麗だから迷っちゃってさ。悪い」 あはは、とごまかすために笑うと、相手はため息を一つついた。 付き合いが長いせいかこういうことは結構ザラにあるので、いちいち呆れてもいられないといった風だ。 「ったく、さっさと行くぞ。あまりお待たせしても申し訳ないだろう」 「ん、そうだな。じゃあ行くか」 同意して、たった今相手が歩いてきた道を、今度は二人並んで再び歩き出す。 が、ふと上を見上げてポツリと―――さきほど自分が買った花を抱え直して、アレンはつぶやいた。 「…青いなぁ」 「ん?」 声が小さかったのか、隣のグレンシールが横目で問いてきた。 それに笑って、アレンは再び上を見上げる。 「青いなと思ってさ」 「…そうだな。青い」 まるであの日のように。 同じことを内心でつぶやいて、そしてどちらからでもなくまた歩き出した。 二人が見上げた空は、限りなく青かった。 グレッグミンスターの街中で東にあたる場所に、それはつくられた。 国全体が荒んでいたとはいえ、赤月帝国の基盤はしっかりしていた。 その基盤があったからこそ、新しく建てられた国は数ヶ月という短い時間で整い始めたのだ。 そして三ヶ月前、レパント大統領の言葉でここはつくられた。 解放戦争で亡くなった人々の―――墓所。 初代解放軍リーダーであるオデッサと、その兄であり解放軍軍師であったマッシュの墓は、この墓所の一番奥まったところにあり花が絶えない。 そしてそこから解放軍・帝国軍関係なしに、あの戦争で死んでいった、それこそ名前の分かる者全ての墓が並んでいる。亡骸がある者は少ないが、それでもとつくられたものだ。 二人がむかったのは、オデッサとマッシュの墓からそう離れていないところにつくられた、二人にとってただ唯一の人の。 テオ・マクドールの墓だった。 「テオ様、遅くなって申し訳ございません」 花を置き、二人並んで一礼する。 自分達が持ってきたものとは別にたくさんの花が置いてあるということは、自分達の部下が先にやってきたのだろうか。 きっと自分達が去った後も、花は増え続けるのだろう。 亡骸はないが、それでも皆、この方のことを慕う気持ちに変わりは無いのだと思うと、当時のことが蘇ってどこか切なくなる。 もう二度と、あの頃に戻れることはないのだから。 「原因は、アレンの奴がなかなか花を選びきれなかったからです」 「なっ…んなことテオ様に申し上げなくてもいいだろうが!」 「正直に申し上げたまでだ」 「こんな時だけ正直になるなよお前!」 「…」 「無視するなって!」 ギャンギャンと喚くアレンを、目をつぶることで無視するグレンシール。 そんな自分達を見て、よくテオは笑っていた。 『火炎将・雷撃将と称される二人のこんな姿を見たら、都市同盟の者達も驚くだろうな』 と言いながら楽しそうに笑われた。 『お前達は、いい相手に出会えたようだな』 とからかわれた時もあった。 昨日のことのように鮮明に思い出せるのに、それが現実になることはなくて。 目の前の墓を見ると、更にその思いが強くなる。 「…テオ様」 自然と二人は言い合いをやめて、静かにその人に話し掛けた。 「この国は今、順調に歩みを進めています」 「貴方のご子息が戦い、つくられたこの国は、多くの人に愛され始めています」 一つの国が滅び、新たに国がつくられるということは、並大抵のことではない。 それでも、道行く誰もが幸せそうに笑っているから。 新しい国をつくるために働くことを、誰もが喜んで受け入れているから。 だから。 「…俺達は、帝国に忠誠を誓っていました」 「他でもない貴方に、忠誠を誓っていました」 帝国が荒んでいることに気づいていなかったわけではない。 自分達もテオも、それには早くから気づいていた。 それでも、自分達が忠誠を誓った帝国を信じていたかったのだ。 腰にある愛剣に手をやり、目を閉じる。 「貴方への忠誠は、今も変わらずにこの胸にあります」 帝国への忠誠はなくなっても、貴方への忠誠はずっと。 あの日、テオが自分達の目の前で倒れた時からずっと、この忠誠は消えることなくここに。 「そして今度は、この剣でこの国を守っていきます」 隣にいる男と対につくられたこの剣は、帝国を守る為のものだった。 今は、その帝国を打ち倒した新しい国を守る為のものに。 わずかに苦笑して、アレンは剣の柄を握る。 「…こいつと話し合って、決めました。俺達は、これからずっとこの国を守ります」 「ご報告が遅れたのは、貴方にお会いするのはこの日と決めたからです」 鞘に入ったままの愛剣を一度見てからグレンシールは視線を戻した。 テオが倒れたあの日から、二年が経った。 二年前のこの日、テオは自分の息子と戦って―――倒れた。 帝国五将軍であるテオと、解放軍軍主である息子。 親子でありながら正反対に位置する二人は、一対一のあの戦いの時に何を想ったのだろう。 お互いに部下を牽制して本気で挑んだ勝負に、テオは敗れた。 自分を追い越すほどに強くなった息子に、満足そうに笑っていた。 あの時のテオの表情を、二人はずっと覚えている。 テオがどれだけ自分の息子を愛していたか、痛いほどに。 一つ深く息を吸って、再び語りかける。 「ご子息は、帝国を打ち倒した夜にこの国を出てゆかれました」 「今現在どこにいらっしゃるのかはつかめていません。ですが、必ずこの国に帰ってきて下さると思っています」 「その時は、もうあの方が無理せずに、子供らしく笑えるように。そのために俺達は、この国を守ります」 テオの遺言に従い解放軍に下ってから。 弟のように思っていた少年がいかに変わったのかを目の当たりにして、二人はひどく驚いた。 帝国にいた頃もいつも穏やかに笑っていたけれど、それでもあんな、全てを包み込むような笑みではなかった。 ひどく大人びた、完璧な軍主の笑顔。 仲間や兵士を安心させる為に、彼は笑っていて。 以前の彼を知っているだけに悲しくて、見ていられなかった。 そしてこのことが、帝国に剣をむけることにためらわなくなった理由だった。 「あの方が戦い、つくられたこの国で、なくしてしまった笑顔を取り戻せるように」 「そのために俺達は、この国を守ります。これが、俺達が話し合って決めたことです」 だからどうか、テオ様。 「貴方だけでなくあの方にも忠誠を誓うことを、お許し下さい」 少年の軍主としての笑顔を見た時から、すでに忠誠は誓っていたけれど。 それでも。 「あの方の父親である貴方の前で、もう一度誓わせて下さい」 亡骸のない、それでもテオの墓に間違いないそこに。 二人は目を閉じて。 「貴方のご子息、・マクドール様に忠誠を誓います」 深く、一礼した。 「さて、と」 頭をあげ、アレンは隣にいる男を見た。既にグレンシールも姿勢を戻しており、ちょうど目があう。 「帰るか」 「だな」 テオへの報告が終わった以上、もうここにいる意味はない。 「また明日から仕事だもんなー…」 「明日は副官がいないからな。根を上げるなよ、アレン」 「うっ…」 上官副官がそろって休むわけにはいかないから、副官が気をつかって命日である今日、アレンとグレンシールを休ませてくれた。 自分達も行きたいだろうに、快く譲ってくれた彼らに改めて感謝の念がうまれる。 きっと彼らは明日、ここに来るのだろう。 「ではテオ様」 「お元気で」 アレンのその言葉に、亡くなっている人にそれはないだろうとグレンシールは思ったが、何も言わずにおいた。 来年まで、自分達がここに足を踏み入れることはきっとないから。 元気で、と言いたくなる気持ちも分かるかもしれない。 多分、少しくらいは。 「……」 「なんだよ、ため息ついて」 「いや、何でもない」 全然分かりそうもないな、と思ってため息をついたことを話すとうるさくなりそうなので、賢明にもグレンシールはその一言で終わらせた。 アレンは首を傾げてグレンシールを見つめる。 「そうか?ならいいけど。…いつだろうな」 「あ?」 上を見上げたアレンの目には、大きな空がうつっていた。 いつ、帰ってきてくれるのだろう。 この青い空は、少年の目にもうつっているだろうか。 「…様、見てるかな」 空を、あの少年も。 「…かもな」 2004 3 5 テオ様はきっと嬉しく思ってます。 ご精読ありがとうございました。 |