楽しそうな喧騒と華やかな音楽が鬱陶しい。
それは今この国が平和であることを示している故にだが、壁に背を預けてグラスを傾けるグレンシールにとっては当然、眉を顰める以外の感情が呼び起こされるはずもなく。
しかし大統領や他国の賓客の手前それを正確に出してしまうのは正しいことではない、ので仕方なく持ち前のポーカーフェイスでただ静かに佇んでいるようにしか見えない態度を保っていると、前方から柔らかい笑みを浮かべてやって来る相手に気付いた。
「不機嫌だな」
「そりゃな」
トン、とグレンシールの隣に背を預けたアレンは何気なくそう言って、手に持っていたグラスに口をつけた。
誰一人気付くことの無かった自分の無表情にアレンが気付いたことに対する驚きはなく、むしろそれが当然だというようなグレンシールの声音にアレンは笑みを深くする。
そんな青年二人に寄せられる周りの―――主に女性の視線は一人でいた時よりも確実に増え、しかしそれに狼狽えることなく普通に会話を重ねる様は更に人の視線をひきつける。
二人が二人、お互いと被ることのないそれぞれの魅力が上手く合わさり、壁の花よろしく静かに会話しているだけでも目立ってしまうこの現状を、本人達は自覚していないのか気にしていないのか。
響く音楽と喧騒のおかげで先ほどの会話は周囲には聞こえておらず、グレンシールの唇が楽しそうに弧を描いた。
「グレン?」
「お前、さっきどこかの女に抱きつかれてたな」
「うわ、見てたのかよ」
げ、と嫌そうな表情を浮かべるアレンにグレンシールはただ楽しげに頷く。
アレンしか感じ取れなかった先ほどの不機嫌は既にない。
「よくもまあ、あそこまでわざとらしくできるもんだ」
だったら助けろよという抗議に呆れを通り越して感心してたと笑えば、アレンが頬をふくらませて拗ねたように睨んでくる。
だがそれも一瞬で、すぐに元の柔らかい笑みになると仕方ないとばかりに肩をすくめた。
「ま、あれくらいだったら可愛いもんだろ。男と違って対処しやすいしな」
「…ああ、あそこでレパント殿と話しながら一人酒をかっくらってる酔いどれ親父か」
会場の中央を見れば、未だパーティーの半ばだというのに既に顔を真っ赤に染めている男がいる。
どこにでもいそうな中年の男だがあれでも一応今回の賓客であり、アレンとグレンシールが警護にあたっている人物だった。
初日に挨拶した際にどうもじろじろと人を見てくるかと思ったら、視線が流れてアレンへとうつり。
挨拶が終わってもアレンから目を離そうとしないのを見て即座に分かった。
再び不機嫌に―――しかし先ほどとは種類の違うそれに軽く陥りそうになったその時、隣の人物がゆっくりと笑って。
「うん、そう」
明らかに嬉しそうなその声に、グレンシールの眉が僅かに顰められる。
あの直後、さすがに仕事中は出さなかったが二人になった途端アレンは嫌悪感もあらわに怒ったというのに、今のこの様は何なのか。
瞬間、二人からそう離れていないところにいた人の良さそうな男性が突然ぶるりと身体を震わせ、後日「いきなり雪国にでもいるかのような寒気を……」と語ったことを知るのはその妻のみである。
そんな他人のことなど視界にもいれていないグレンシールは眉を顰めたまま、隣のアレンを睨みつけた。
「何笑ってやがる」
常よりも低くなったその声も睨みも、しかし今までの経験で慣れているのかアレンは怯える様子も見せず、逆に更に嬉しそうに笑う。
「別に?それよりグレン、せっかくさっきは無表情にしてたのにいいのか?そんなに不機嫌な顔して」
「お前がいるから平気だろうが」
地位のある将軍が一人で不機嫌な表情をしていては問題だが、その相棒との会話の上でのことなら問題ない。
そもそもアレンだからこそ『そんなに不機嫌』なことが分かるのであって、グレンシールをよく知らない者から見たら確かに少しは不機嫌なのかもしれない程度だ。
そんな分かりきったことをわざわざ指摘してくる相棒に、内心で舌打ちをする。
アレンはグレンシールの心中が分かるのか、遠くで女性達が騒ぐのにも関せずにくすくすと柔らかく笑うばかりで。
「…アレン」
「んー?いやだってさ」
残っていたグラスの中身を空にして、横目でグレンシールを見る。
「そりゃ気分悪いけど、グレンが嫉妬してくれるから、嬉しいんだよ」
あんな親父に、指一本触らせる気はないしな。
そう言ってなおも笑うアレンにグレンシールは一瞬あっけにとられ、そして―――浅いため息をついた。
グラスの中身が揺れるのも構わず改めて壁に背中を預けなおし、くそ、と呟く。
「つまり、俺の様子を見て楽しんでたんだな?」
「だって俺が触らせるわけないだろ?もしそうなっても痛い目見せるだけだしな」
なのにお前が嫉妬してくれるから嬉しくて。
笑うアレンはやはり上機嫌で、内心で舌打ちした。
どうりで側に来た時もにこにこと笑って機嫌が良かったはずだ。
こういう席を嫌うのはお互い様で、それでも元の性格が原因なのかアレンは時々ドジをやらかす。
なのに今日はやけに愛想よく笑うから、ようやく慣れたのかと思ったのに。
本日二度目のため息をはいて、視線を中年男へと移した。
顔が更に赤くなっているのを見ると、潰れるのもそう遠くないだろう。
「……そんなに嬉しいか?」
「嬉しいけど。数年前までグレンが嫉妬してくれるなんて知らなかったし。でさ、グレン?」
「あ?」
「もし俺があいつに触らせたら、どうする?」
「お前はともかく、あいつは薄皮一枚で許してやるさ」
手が滑ったとか虫が飛んでたとか何とかで、頬あたりでも。
まあ触った度合いにもよるが。
今は手元にない愛剣、それでもまるで持っているかのように右手を軽く握るグレンシールを、アレンは伺うように覗き込む。
「……俺は?」
「お前は選ばせてやる」
「何を?」
「耐久か鬼畜」
「は?たい……?」
余りにさらりと言われ、そして何よりもこんな場所でそんなことを言われるとは思ってもみなかったため、一瞬反応が遅れる。
「…!!っ、お、おまっ」
「ま、お前が触らせなきゃいいだけの話だ」
頬を赤くして口をぱくぱくと開けては閉じてを繰り返すアレンにグレンシールはようやくくつりと笑い、そしてすい、と視線を再度中央にむけた。
何がおかしいのがレパントの肩を何度もたたき、不快な笑い声がここまで聞こえてくる。
先ほど言った薄皮一枚は、あくまでアレンに触れたらだ。
だが帰国まであと数日、初日からずっとアレンを変な目で見た代金はきっちり払ってもらう。
まさかそんな二人の関係を知らずに今も馬鹿笑いを続けている中年男は後日、雲一つない晴天の空の下、何故かピンポイントで落ちてくる雷から必至で逃げ続けなければならなかった。










2005 9 30
三原さんのお誕生日お祝い品として贈らせていただきました。
ちょっと硬い感じの文章でいってみようとと思って文体をちょっと変えてみたんですが、グレンの動作が変にキザったらしく感じて打っててこっ恥ずかしかったです。
あと800×600の方は背景と字が重なって読みづらくてごめんなさい…1024×768でも少し重なっているこの現状…。

ご精読ありがとうございました。