覚醒したのだと意識したのは、数瞬経ってからだった。無意識に瞬きをしていたことに気づき、そこでようやく自覚する。
 ぼんやりとしたまま、珍しいこともあるものだと他人事のように思う。
幼い頃から愛しい忍に言われているだけに、自分の眠りが深い方だというのは充分に知っている。だから自身のことのように思えないのかもしれない。こんな夜も更けた頃に目が覚めるなんて滅多にない、月に一度あるかないかだ。そしてそのいずれも、無理に体を起こさずに横になっていればすんなりと意識が沈み、気が付いたら朝というのが常で。
結果、幸村は自然に思考を中断し、そしてゆるりと目を閉じた。
 このまま横になっていればまた眠気も訪れよう。それまではこの僅かな時間を味わうのもいいかもしれない。
そう思って何気なく、右腕を下にしている今の体勢から寝返りを打とうとして違和感に気づいた。……動けない。
「…?」
明らかにおかしい事態に、しかし幸村は一瞬も心揺らすことなく、そっと瞼を開いた。
いくら眠りが深いとはいっても、部屋に他者が入って来て尚気付かないということは有り得ない。生まれた時から忍に囲まれ育ってきたのだ、他国の武将に比べ、気配には格段に敏い自信がある。
 そして、何よりも。
ふわり、と幸村の目が微笑む。口元までが緩んで、もし他者がここにいたら呆れるほどに、自分は今気の抜ける顔をしているだろう。他人からしたら微笑むなんてとんでもない、だが己にとっては浮かんでくる笑みが抑えきれないほどに、大切で大事な。
 ―――佐助。
物心ついた時から傍にいる、愛しい忍。
 声には出さず、口の動きだけでその名を呼ぶ。いかに優秀な佐助でもさすがに気付かないようで、静かな息遣いがそのまま夜の闇にとけていった。任務に行っていたはずなのに、いつ帰ってきたのだろう。予定では帰還は明後日となっていたのに、相変わらず仕事の早い男だ。
ただ、だからこそ今このような状況になっているのかもしれない。何でも口に上らせるようで実は己自身については何も言わない佐助は、時折こうして、幸村を抱きしめて眠る。
 褥を共にするのではない、ただ隣に横たわって、穏やかにその目を閉じて。
体が、それとも心が疲れ切った時だろうか。何年傍にいても総てを見せてくれない佐助が、いつこの夜を求めるのかは未だに分からない。まだ弁丸と呼ばれていた頃から続いているのに、どうにも佐助は隠すのが上手くて。
俺のことは俺以上に知っているのにずるいと、そう思うのは言いがかりに当たるだろうか。だがそれを、佐助に直接言ったことはない。
いつも飄々としているあの佐助が、唯一と言ってもいいほどにその内を見せてくれる、この不定期に訪れる夜が。
 どうしようもなく嬉しくて―――どうしようもなく、愛しいから。
この夜のことについて、佐助は何も言わないし、何も伝えようとはしてこない。それどころか佐助の首元に頭がおさまるように抱きしめられているから、今幸村には佐助の顔は見えない。眠っているから声も聞けず、忍であるから佐助自身の香りといったものもほとんどない。
褥を共にした時はそうではないのに、何故だかこの時だけは、いつもこうして佐助は眠る。最初は子供心にも、らしくもなく気恥ずかしいのだろうかと思っていたがどうやらそうではなく、ただ幸村をこうして抱きしめて眠ることが、佐助には重要らしい。
 分かるのは抱きしめてくる腕と、密着した身体と。そして頭のすぐ上で繰り返される、静かな呼吸。
鋭敏過ぎる忍の感覚はほんの少しの動作でも佐助の意識を浮上させてしまうから、頭を動かすことはできない。そのため視界はほとんどが着物の合わせ目で、佐助だと特定できるものは何一つない。それでも佐助なのだと、幸村は自信を持って答えることができる。
 佐助が己以外の者を、幸村に近づけることはないと知っているから。
上田に忍び込んだ刺客を捕えたという報告は、頻繁にとは言わずとも入ってこないわけではない。にも関わらず幸村自身は最低限の警戒しかせず、ともすれば城下へも一人で行くのは、偏に佐助の存在だ。佐助が傍にいる時は佐助が、任務でいない時は佐助の束ねる真田忍隊が己を必ず守ることを、幸村は知っている。
「……」
そこまで考えて、浮かんでくるのは苦笑だ。
 結局自分は、佐助が絡めば全て諾としてしまう。人の上に立つ者として、武将としての思考にまで及ばせることは己の矜持にかけてあるはずもないが、どうも幸村個人のこととなると駄目だ。無辜の民を守るために自分は在るのだと分かっているのに、佐助だけはどうしても我慢することができない。
 抱きしめる腕の重み、体温の低さ、髪をくすぐる呼吸がこんなにも愛しくて。
佐助が自分を頼ってくる、ただそれだけのことがこんなにも嬉しくて。
 そんな二つの感情が大きすぎて眠気はすっかり飛んでしまったのに、己の機嫌は損なうどころかよくなるばかり。全く単純だ。明日によくないと分かっているのに、この夜をゆっくりと過ごせることさえも愛しいだなんて。
それでも半刻もすれば、さすがに眠気も訪れよう。それまではひねくれたこの男なりの、精一杯の甘えの時を享受する。
 ああ本当に、この夜に気付かないまま朝を迎えることにならなくて本当によかったと。
幸せでたまらない夜の闇の中、幸村はふわりと微笑んだ。


























2008.7/19
ひねくれているので佐助は絶対に自分の弱いところは見せないとは思いますが、たまには佐助も甘えればいい。
一つ前の話の対のような感じ。

ご精読ありがとうございました。