■2008.09.24 「佐助!早く行くぞ!」 元々よく通る声が、今は機嫌の良さも加わって更に城に響き渡る。 呼ばれたそれに苦笑して、用意しておいた水の入った竹筒やら何やらを持って主の元へ向かった。既に馬上の人となっていた幸村は、こちらに気づくと更に声を大きくして。 「遅いぞ佐助!」 「無茶言わないでくれよ、真田の旦那。昨日任務から帰ってきたばかりで、俺様ヘトヘトなんだぜ?」 「何を言う。俺の佐助が、その程度でへばるわけがなかろう」 断言するその様は反論するのも馬鹿らしくなるくらい堂々としていて、また彼に仕える身としてはその言葉が嬉しくないわけがない。 結局苦笑するしかなく、佐助は忍であるが故の身軽さでふわりと馬に跨った。 「はいはい。どこへでもお供しますよ」 「うむ」 満足そうに笑う幸村は、しかしいつになく笑顔だ。元々感情の起伏が激しいために表情も豊かだが、それでもここまで上機嫌なことはあまりない。おそらくは信玄絡みのことで何かあったのだろうけれど、そんな報告は部下から受けてはいなかった。 一体どうしたのかと、幸村の操る馬に自身の馬を並べながら内心でごちる。 と、不意に隣から笑う気配がした。 「旦那?どうしたの」 「いや…大したことではないのだがな」 大きく声をあげるわけではなく、ただ嬉しそうに笑う幸村は本当に珍しい。 何かあれば大抵は大絶叫となるのに、今の幸村は身の内から溢れてくる何かをこらえているような、それでもその溢れてくる何かが嬉しくて仕方ない、そんな柔らかい笑い方で。 首を傾げるしかない佐助に、幸村は尚も嬉しそうに笑いかけてきて。 「お前と会ったのは久方ぶりだろう?」 「そうだね、今回は結構長く任務に行ってたから」 「だからだ」 は?と再度隣を見やると、主はもう何度目になるか分からない笑顔を向けて。 「佐助が傍にいるのが心地よくてな。…顔が緩むのを抑えられん」 ■2008.09.26 「…ま、こんなもんかな」 数歩離れてから散々刺客の臓物や爪、目玉を抉ったクナイを一振りして、付着していた色々なものを飛ばす。情報を吐かせるためではない拷問は、しかしいつもよりは長くかかったように感じた。今までの刺客よりも、今宵のそれは痛みにしぶとかったようだ。 旦那が体を冷やしてないといいけど、と軽く息をつく。 「じゃあ、いつもと同じように捨てとけ。指や目玉は、周りに撒いておけばいい」 背後を振り返ることなく呟けば、声が返る代わりに頷く気配がした。地に落ちた指などを拾い集める為だろう数瞬の間の後、音もなく二人の部下は消えた。振り返っても、そこにあるのは大量の血溜まりだけだ。しかし、これも雨が降ればすぐに消える。今は月が明るいが、忍の鋭すぎる感覚が遥か遠くの雨の匂いを感じ取っていた。 きっと明日は一日中降って、幸村の機嫌は微妙に下降するだろう。さて、明日の甘味は何にしようかと苦笑が浮かんだ。 木々へ跳んで、手に持っていたクナイをその場に捨てる。刃こぼれはしていないが血で切れ味は格段に落ちてしまっていて、あれではとても幸村を守る為には使えない。 その場を離れて夜の深い森の中、忍であるが故にはっきりと分かる城への道ではない道を辿る。 「それを知るのは〜」の元というか、没にした一部分。 ■2008.10.05 リビングのテーブルの上にどさりと置かれたそれらを見て、佐助は瞬間的に余計な出費が、と泣きそうな気分になった。 いや予想はしていた。幸村に甘い信玄のことだ、きっと買ってくるだろうとは思っていたが。 「何でソフトまでこんなに買ってきてんの!?明らかに一度に買ってくる量じゃないでしょ!?」 「うむ、幸村が喜ぶだろうと思ってな。…存外に楽しそうだったし」 「明らかにあんたもやりたかったんじゃねえか!むしろこれの大体が大将がやりたいソフトでしょ!」 即座につっこむと、「佐助よ」と妙に重々しい声で名前を呼ばれた。その表情は、声と同じく重々しい。 「…何?」 「お前も知っておるだろう、今の子供はゲームだ何だと、外で体を動かす楽しみや自然との触れ合いを知らぬ者があまりに多いことを。そう思い、わしはお前や幸村には幼い頃から色々な武道を学ばせた」 「そこでただの遊びで終わらずに武道にいっちゃうあたりが大将だけどね。…大将が言いたいことは、分かりますよ」 丸太にのって川滑りやら意味不明な修行も多かったが、あれは修行に見せかけた信玄なりの遊ばせ方だったのだろう。 幸村は気付かずにひたすらに燃えていたし、明らかに普通の子供がやることじゃないだろうとは思っていたが、それでも。 確かにあの数々の修行を通して、自分達は自然の偉大さも触れ合い方も学ぶことができた。何よりも、幸村や信玄が常に近くにいたのが嬉しかった。 人とのつながりが希薄になっている現代、その大切さを知ることができたのは幸せなのだということも分かっている。 それを己の短い言葉から感じ取ったのか、信玄は一度大きく頷いた。 「うむ。しかしわしは、それを思うばかりでお前達に他の子が知っている楽しみを教えることを失念していた」 「…うん、まあその点については、大将らしいと思うよ。大将も旦那も、一つのことにのめりこむタイプだもんね」 「だからこそ、わしはこの機会にお前達を思い切り遊ばせてやろうと思ったのだ。…………わしもやりたかったし」 「だからつまりあんたもやりたかったってことじゃねえかあああ!わざわざ昔の話までしたこの数分間は何!素直に認めろよ!!」 露骨に目をそらす様を見ても何も感じない、むしろいい年した大人が何やってるんだと思う。 そしてこれだけ騒いでいれば気づくのは当然だろう、自室にいたはずの幸村が慌ただしく走ってくる音が聞こえて。 「お館様、佐助、一体何を…おお!これは政宗殿が言っておられた『でぃーえす』では…!?」 「え、旦那知ってるの?」 先ほど信玄も言っていた幼少時代を過ごしてきた幸村だ、今までこういう機器に興味を持っていなかったのに、知っていたことに驚く。しかも人から聞いてだが、ちゃんとした名称まで。 「うむ、学校で政宗殿や慶次殿が初日に必ず手に入れると言っておられたからな。雑誌を見せて頂いたのだ。これが実物か…!」 「幸村よ、わしと佐助の分は別にある。それはお前が存分に使うがよい」 「は!?これ一台じゃなくて人数分あんの!?」 思いもよらぬ言葉に驚く。 幸村と信玄のものならば分かるが、何で自分の分まで。 「おおおおお、ありがとうございます、お館様!!!佐助、夕飯を食べたら早速やるぞ!」 が、その疑問は幸村の雄叫びに消し去られた。そして当然のごとく自分もやるのだと思っている幸村に笑顔で誘われて。 結局、出てきた言葉は。 「…はいはい、分かりましたよ。何がやりたいの?」 「ソフトがありすぎて分からぬが…これはどうだ?」 「それシミュレーションだから、旦那には向かないと思うけど」 「何!?」 仕方ないと思いながらも頷いて、幸村に合うゲームをソフトの山から探し始めれば。 視界の端、信玄が満足げな笑みを浮かべたのが見えた。 ■2008.10.13 アイドル蒼紅(蒼紅二人がトップアイドル、従者はそれぞれの専属マネ設定) 体力には自信があった。その点に関しての驕りはなかったといってもいい。 なのに。 楽屋につくなり、二人はソファに倒れこんだ。 「………Shit。…ありえねえぜ、この忙しさ…」 「………お館さば…」 分刻みで決められているスケジュールはまだ耐えられる。それが仕事なのだからこの道を選んだ自分がこなすのは当然のことで、雑誌の取材、ドラマ、CM撮りに新曲、ラジオ出演とどこからこんなにでてくるのかというほどに仕事は山積みであっても文句を言う気はない。 だがさすがに、連日の睡眠時間が一時間から二時間というのはさすがに無理だ。 眠気が気力を全て奪い、体全体のだるさへとつながっていく。エレベーターに乗っている僅かな時間も惜しく、瞬間的に立ったまま眠れるようになるとは思いもしなかった。 体がだるい。 今にも意識が奈落の底へと落ちそうで、しかし懸命にひきとめる。 今自分が寝て、困るのは。 「政宗様、…さすがに少し休まれては」 「旦那、大丈夫?…少し寝る?」 どんなに疲れていても必ず耳に届く声が、降ってくる。 ソファに埋まっていた顔を少しずらして見上げれば、心配げな色を隠しもせずにこちらを見下ろしてくる大切な人の姿。 幼い頃から傍にいて、自分のことを一番よく分かってくれているこの男は、今自分がどんなに疲れているかさえも分かっているのだろう。 それに時折甘えたくもなるが、しかし。 「…見くびんじゃねえよ、これくらいで俺がぶっ倒れるわけねえだろ。ちっと疲れただけだ」 「…心配するな、今少しこのままでいればすぐに回復する。少し眠いだけだ」 自分の選んだ道を違えるようなことは絶対にしたくないし、いくら疲れたとはいってもそれはただの言い訳にしかなりえない。 そんな決意を笑みにこめて言えば、やれやれと言わんばかりに苦笑して、だけど最後には安心したように笑うから。 この男がいるからこそどんな極限の中でも頑張れるのだと、二人は胸の中で密かに呟いた。 ■2008.10.15 アイドル蒼紅 「お疲れ様でーす!」 多数の声を背に受けながら、ふらふらしている幸村の後を追う。たまにこけそうになるのを後ろから支え、ようやく車についた。 助手席に体を沈める幸村に、疲労の色は濃い。 「後は家に帰るだけだから、寝て大丈夫だよ」 「……明日、は」 「夕方から。久々にゆっくり眠れるよ」 一日オフとまではいかなくとも随分とゆったりとしたスケジュールに、幸村が安堵に表情を緩ませる。 他の出演者の都合でドラマの撮影の日取りが先送りになったのは運がよかった。いくら幸村が弱音を吐かずとも限界はとっくに超えていて、見守るこちらとしては気が気でなかったのだ。 「…佐助」 「ん、何?」 小さく呟かれたそれに、運転席から助手席を覗き込む。 明日の予定を告げた時点で眠ってしまうだろうと思っていたが、幸村の目はうっすらと開いていた。ただし今にも閉じそうで、きっとすぐに意識も落ちるだろう。 「……佐助」 「うん」 「…さす、け…」 短く応えれば満足したのか、幸村が僅かに微笑んだ。 そしてもう一度、耳を澄まさなければ聞こえないほどに小さな声で呼ばれ、しかし今度は応える暇もないままに。 まるで自身の声に誘われるようにして、幸村は眠ってしまった。 「……」 静かに寝息をたてるその様に、佐助は苦笑する。エンジンをいれるためにキーを差し込んだ。 何をしたかったのかは分からないが、幸村が眠ったのならそれでいい。僅かとはいえ笑ったのだし、悪いことではないだろう。 ハンドルをきってテレビ局の地下駐車場を出た。既に深夜のために道に車は少なく、これならすぐに家に帰れるはずだ。 ―――夜の闇に、一台の車が静かに消えて行った。 ■2008.11.20 アイドル蒼紅 会場の照明が一斉に消える。 途端響く歓声は既に聞きなれたもので、しかし何度この時を迎えても緊張することは抑えられない。とはいっても恐れではなく、この身を包むのは言葉にできないほどの高揚だ。 最初の頃は恐れもあったが、今はこの感覚がひたすらに―――気持ちいい。 『旦那、準備はできてる?』 イヤーモニターから飄々とした声が聞こえた。一番最初はポップアップでステージに飛び出す演出だ、幸村はイヤーモニターを耳に押し込めながら笑う。 「任せろ、いつでもいいぞ。政宗殿は?」 スタッフから差し出された水を一口飲み、自分と対の場所に控えている相手の様子を窺う。十秒にも満たない沈黙の後、やや呆れたような声が届いた。 『…Let's partyだって。毎度のことながら、めでたいね』 『おいこら猿飛、てめえ政宗様のことをめでたいなどとぬかしや』 『こんなコンサート直前にそんなことで噛みついてこないでよ右目の旦那。ほら、真田の旦那も大丈夫ってきたから音流すよ』 佐助と政宗はどうも馬が合わないらしい。呆れた物言いと、そして小十郎の声まで聞こえてくるのは本当に毎度のことで、よくも飽きないものだと幸村は苦笑する。同時に佐助の言葉通りに音楽が流れ出し、歓声は更にその声量を増した。 ゆっきー、まーくーんという多数の声は絶えず聞こえていて、きっと来てくれた人達は自分達が裏側でこんな会話をしているなんて思ってもいないのだろう。 コンサート直前にして、なんとも呑気なものだと思う。 だがこの時間があるからこそ自分も、そして政宗もリラックスできるのだ。 佐助と片倉殿には敵わない。 苦笑を晴々とした笑みに変えて、幸村は自分がステージにあがる瞬間を待った。 ■2009.01.04 アイドル蒼紅 生の歌番組は落ち着かない。早く自分達の番がこないかと思っていると、隣から小さな舌打ちが聞こえた。 顔は正面に向けたまま、それでも心持ち隣に向けると同じようにこちらを向いた政宗と目が合う。一体どうしたのかと問う前に、聞こえてきたのは小さな声で。 「おい幸村。…二番の出だし教えろ」 「……は?」 何を言われているか一瞬分からずに間抜けな声が出てしまった。マイクは手持ちだからカメラに拾われることはないだろうが、突然どうしたのか。だがそれが意味することはたった一つで、だからこそ幸村は驚いた。こんなことも、あるのだと。 「…政宗殿、もしや」 「うるせえ。それ以上言うな」 彼のプライドが高いことは折り紙つきで、今更それに何かを感じるわけもない。だがそんな彼を知っているからこそ、なんだか妙におもしろい。 珍しいこともあるものだ。 自分同様生番組は落ち着きはしなくとも動揺しているわけではないだろうに、この男が歌詞をド忘れなんて。 「本当に珍しい。これは是非とも後で佐助に教えてやらねば」 「…あんたの場合、嫌味でなく言ってることが分かる分更にダメージくらうぜ」 Shitと小声で呟くのが聞こえ、口元が緩む。自分からすれば常にない政宗の一面を見ることができておもしろいが、本人にとっては本当に悔しいのだろう。 ふとカメラの向こう、スタジオの壁に背を預けている佐助を見やればこちらの様子には気付いていたらしい、視線でどうしたのかと問いかけてくるそれに何でもないと笑ってみせた。 「政宗殿」 「あ?」 幸村は駄目だと判断したのか、同じく佐助の隣で控えている小十郎に視線を送っていた政宗が振り向く。番組の収録中、それも生放送でそんなに顔を大きく動かしてしまっていいのだろうか。小十郎の方を目だけで見れば、少し慌てているような。 「歌詞はステージに移動する際に。それより前を向かないと、リモタ殿が怒ってしまわれる」 言われてようやく気づいたのか、はっと前を向く、と。 ―――名司会者でありサングラスをかけたあの人が、生放送中だというのに既に政宗の方を振り返り見上げていて。 さて、どうなるのだろうか。 当事者の一人ながら、幸村は内心で呑気に呟いた。 ■2009.01.31 坊ちゃんと政宗 幻水の坊ちゃんが何でかbsrの世界で政宗と相対していますので、パラレルというかそういうのが苦手な方はご注意を。相対というよりはひたすら坊ちゃんについて語ってるだけです。 もう何度目になるか分からない斬撃を今またくりだしながら、政宗の胸中に浮かぶのはひたすら疑問だ。 一瞬前までは誰もいなかった。この目で見ていたのだ、確かに誰もいなかったのに、目の前の少年は突如現れた。 唯一の好敵手である真田幸村につき従う、あの忍が用いる妙技でもない。伊達にはあれほどまでに腕の立つ忍はいないが、それでも忍だからこそ為すことのできる技でないのは言いきることができる。 本当に突然、少年はここに現れた。伊達政宗の居城、その鍛練場に。 「おいてめえ、何者だ」 後ろに大きく飛んで、距離をとりなおす。少年は構えを解かないまま、じっとこちらを見返してきた。僅かな揺らぎも見せず、こちらの目を真っ直ぐに。 平民ではない。 軍を、国を率いるこの自分の覇気を正面から受けて動じない様は平民が持ちうるものではなく、しかし他国の将と言うには殺気がなさすぎる。群雄割拠のこの時代、他国に名の知れた伊達政宗を前にして殺気が皆無というのはあまりにおかしい。 加えて、少年の纏っている衣は見たことのないものだ。南蛮の洋装でもなく、更にはこの日本に生きる者が意識せずとも必然として纏う和の雰囲気もない。真田幸村の赤とはまた違うその色は、朱だ。 「この奥州筆頭、伊達政宗の居城に白昼堂々乗り込んできたんだ。それなりの覚悟はしてるんだろうな」 「……オウシュウ?」 呟くように落とされた声は、意外にもまだ幼かった。見た目と反しているというわけではなく、少女とも見紛うようなその容姿からは自分よりも、そしておそらくは真田幸村よりも年は下だろうことが窺える。 その上で意外だと政宗に思わせたのは、少年の所作や表情、そして何よりも―――その漆黒の瞳だ。 まるで数十の年月を経たかのような、老成したそれ。元服を迎えて間もないような、そんな年頃の少年が持つ瞳では決してない。 驚いたように僅かに見開かれてもその目と注意は自分から逸らされることなく、気の緩みも見受けられない。 厄介な相手だ。 ■2009.09.27 「佐助!!」 子供特有の高い声が響く。ばたばたと忙しない足音のおかげで早くから分かっていたけれど、敢えて名を呼ばれてから振り返った。 その方が未だ幼い、だけど大切で大事で可愛くて仕方がない主が喜ぶことを、知っているから。 「佐助!」 「どうしたの、弁丸様」 走ってきた勢いそのままに抱きついてくる小さな体を正面から受け止めて、落ち着かせるようにその背を軽くたたく。抱きとめたその体をふわりと抱き上げれば、喜びで満面の笑顔だった表情に嬉しさが混じって何とも面映い気分が広がった。 ■ テニアンやまとまってない小話は終わってからまとめます。 |