ちゅ、と濡れた音が響く。ヒクリと自分の体が震えたのは分かったが、ただそれだけだった。手首は頭上で、何か紐状のもので縛られているために動かせない。
だけどきっと、例え拘束されていなくても、指一本動かせなかったのではないかと思う。
 わけが分からなかった。
今こうなっている理由も、過程も。自分がどうしたいのかさえも。
分かっているのは佐助が本気だということと―――その佐助に、間違いなく恐怖を抱いているということ。
「旦那。いくら腕を縛られてるからって、何の抵抗もしないの?」
「っ…、」
降ってきた佐助の声は、いつもと同じだった。頬を撫でる指の優しさも同じで、いつもはそうされるのが心地よくて仕方がないのに。
 今はただ、佐助が怖くて。自分に覆いかぶさっている佐助を、幸村は見上げることしかできない。
 何で。
「…抵抗、しないの?」
「ひ…!」
突如、胸の突起が熱く濡れた何かに包まれて総毛立った。咄嗟に視線をやって飛び込んできたのは胸元に寄せられた佐助の顔と、胸を這う赤い舌。
混乱した頭にその光景はショック以外の何物でもなく、本能的な恐怖で体が動いたが上に乗りあげられているこの状況では大した意味はなかった。脚も上手い具合に押さえられていて何もできず、ただ胸から伝わる変な感覚が腰にじわりと集まる。
「もう終わり?」
 抵抗になってないけど。
「っぁ…ぅ」
濡れた音が耳に届く。佐助の舌が胸の突起や肌に触れる度に、幸村の口から小さな声が漏れる。いつの間にかもう一方の突起も指で押しつぶされたりなぞられたりと刺激され始めていて、ざわざわとしたものが背筋を駆けていった。呼吸が荒い。
「いっ…!」
突起に僅かな痛みが走った。噛まれたのだと一瞬後に悟って、視界いっぱいに見える自分の部屋の天井が不意に潤む。
 ―――怖い。何で、こんな。
全身を恐怖が襲う。やめてくれと言いたいのに声が出せない。あまりの恐怖に喉が詰まって、佐助の言う抵抗がどういうことなのか全然分からなかった。恐怖と混乱とで頭はぐちゃぐちゃで、ただ佐助が怖くて。
 視界いっぱいに映る天井は見慣れたもので、ここは自分の部屋だ。突如佐助にベッドに突き飛ばされたと思ったら覆い被さられ、混乱しているうちに両手は縛られていた。それから。
「ごめん、痛かった?旦那はこういう方が好きだと思ったんだけど」
「っ、や…っ」
傷口にそうするように、下から突起を舐めあげられる。ぬめった感触に胸の突起が押し上げられて、痺れのような感覚が広がった。腰に集まった熱が熱い。
 不意に、佐助の手が腰から下肢へと伝った。
「っ!?な、に…っ」
容易くズボンの中へと侵入し、つ、と下着の上から腰骨を撫でられる。慣れない刺激にぴくりと腰が跳ね、そして佐助の手が向かった先は。
「なんだ、ちゃんと感じてんじゃない」
「…っ!」
ゆるりと反応していた自身に触れられて肌が粟立った。悪寒のようなものが突き抜け、それは間違いなく嫌悪だった。全身が緊張し、恐怖で心が更に追い立てられる。
 なのに。
「あ…!?んぅっ……!」
突然訪れた衝撃に、幸村の体が大きく跳ねた。腰や背筋へと伝わるなんてものじゃない、電撃のように走り抜けて一気に全身が熱を持つ。
縛られた手首に紐が食い込んで痛い。
佐助の指が這う度に強烈な感覚が襲って、押さえつけられている脚や肩、腕が震える。
 抗えないと、本能的に思った。
「っん…ぅ、あ・やあ!」
根元から括れまでを扱かれる。せり上がる感覚を少しでも散らそうと身を捩ると、それを諌めるかのように先端を指先でなぞられて焼けつくような熱が生じた。かと思えば胸の突起を指で弾かれ、意識を散らそうにも幸村自身に触れている佐助の指や手がそうさせてくれない。体全体がそこと直結しているかのように熱くて、何も考えられずにただ震えることしか。
 嫌、なのに。
やめてほしいのに、何でこんな反応しかできないのだろう。自分の口からこんな情けない声が出るなんて知りたくなかった。嫌だと言いたいのに、出てくるのは意味の無さない言葉ばかりだ。
「ねえ旦那。気づいてる?」
「は…っ、く、ぁ……?」
唐突に、佐助が切り出してきた。ゆるりと円を描くように先端を撫でられる。腰が震え、腕がまた痛んだ。
 幸村自身に触れているのとは逆の手で、やんわりと口を塞がれる。降ってくる佐助の声は、何故だか愉悦を含んでいた。
「たった今、玄関の鍵が開けられる音がしたんだよね。…大将じゃない?」
 目を瞠る。
一瞬にして、靄のかかっていた頭が冴えた。
 佐助の耳のよさや気配に敏感だということは自分が誰よりも知っていて、そして咄嗟に耳を澄ませた今。―――確かに、玄関の扉を閉める音がした。
「っ…!!」
強張っていた体が緩む。普段気にもとめていなかったあの音に、ここまで安堵することがあるとは思いもしなかった。
口が塞がれていても完全に声がでないわけではない、思い切り喉から声を出せば信玄は気づいてくれるはずだ。
「だーめ」
「っ、んぅ…!?」
叫ぼうとして、しかし幸村の喉から出たのは望んだいつもの声ではなく、今日初めて知ったひどく情けないそれ。
思わず下肢を見やれば止まっていた佐助の指が再度動き出していて、容易く熱が蘇ってくる。追い討ちをかけるかのように自身を扱かれ、びくんと体が跳ねた。
「んんっ!…っぅ、…っ」
「大人しくしてた方がいいんじゃない?…こんなところ、大将に見られたくないでしょ?」
落とされた言葉にはっと見上げる。視線が合って、佐助はにこりと笑った。
 それが示す意味は。
「来たね」
信玄が自室へと戻るには、幸村の部屋の前を通らなければならない。
壁の向こうの廊下が見えなくても部屋の近くに気配を感じて、血の気がひいたまま。幸村は息をつめた。
 全身で、拒否できていたらよかった。そしたら、何を言われようとも助けを求めることができた。
なのにこの体は、幸村の気持ちとは反して佐助の手に反応して、昂ぶって。先走りが佐助の手を濡らし、今まで聞いたことのない、あんな情けない声まで出て。
 ―――こんな卑猥な自分を、尊敬している信玄だけには絶対に見られたくない。
幸村のことを熟知している佐助には、その思考が手に取るように分かるのだろう。下手に抵抗すれば頭の回転の速い佐助だ、先ほどまでのことが重なってどうなるか分からない。
 だからじっと、佐助の機嫌を損ねることのないように。
そんな幸村を見下ろしていた佐助が何を思ったのか、ふと動いた。
「ねえ、旦那」
「っ」
部屋の外には届かない小さな声。今の状況にそぐわない、ゆったりとした声音に嫌な予感がする。
知らず怯えの眼差しで見上げれば、佐助は廊下を一瞥してから視線だけをこちらへ戻して。
「自分で口押さえといてね。大将、今部屋の前にいるから」
それだけ言って、佐助の体が下がった。口を覆っていた手も外されて、苦しかった息を大きく吐く。戸惑う暇もない事態についていけず、一体何を、と思ったところで。
「―――っ……ア…!?」
 視界が白く焼ける。
全身を灼熱で包まれたような錯覚さえ覚えて、何が起きたのか分からなかった。数秒にも満たない間に視界は戻り、咄嗟に刺激の大元である下肢を見やれば。
 目に飛び込んできたのは、昂ぶった幸村自身を口に含んでいる佐助、で。
思いもよらなかった光景に目を瞠る。何でとかどうしてとか言葉も浮かばずに、驚愕だけが幸村の思考を支配した。そんな幸村に気づいていながら佐助は何も言おうとせず、ただ部屋の扉を横目で見やった。それと同時に聞こえてきたのは―――幸村、と言う信玄の、声。
 佐助が、口を押さえておけと言った意味がやっと分かった。
「ひっ…!」
「……幸村?まだ起きておるのか?」
より深く咥えこまれて、咄嗟に自分の腕を口に押し当てたが完全にかみ殺すことができなかった。信玄にも聞こえてしまったのか、扉を経ているからほんの微か、加えて何を言っているのかも分からない程度だろうがそれでも焼けつくほどの羞恥に襲われる。
視界が潤んだ。
 何で、佐助はこんなことを。
「…っ…!」
佐助の舌が伝う。耐えがたい快感が走って体全体に力が入った。脚が跳ね、縛られた両手首が痛むのも構わずに腕に口を押しつける。気を抜いたら叫んでしまいそうで、しかしそれだけは絶対に駄目だ。
「幸村?」
「…ほら、大将が呼んでるよ。旦那のやらしい声、聞かせてあげれば?」
 今も声出したくてたまらないんでしょ?
わざわざ幸村自身から口を離してのあからさまな佐助の言葉も、最早腹の下あたりにたまった熱を更に煽るものでしかない。腕を押し当てるだけではもう無理で、二の腕を噛んで耐える。なのに、それでも足りないかというように佐助は一旦口から出した幸村自身をまたくわえて、軽く吸い上げて。
「っ…!!……、…っ」
腕を強くかむ。頭が痛い。何がなんだか分からなかった。息苦しくて、体の内にたまった熱を少しでも発散させたくて佐助の言うとおり叫んでしまいたい。
それを留めてくれるのは信玄の声で、しかし信玄がせめてこの部屋の前から立ち去ってくれれば楽になれるのにと思う心も止められない。
 そんな幸村の胸中を知っているくせに、佐助は追随の手を弱めるどころか更に強くしてくる。
舌を執拗に這わせる。根元からゆっくりと舌でたどられ、裏筋の線をなぞられる。先端を舌でつつかれると、その度に肩や腕、脚が震えた。
「…っぅ……」
どんどん熱が高められていく。だめだと分かっているのに。
 信玄が、扉の前にいるのに。
「…、…っ」
 分かっているの、に。
「っ、――――――!!!」





「……、…」
視界に映っているのが天井だと気づいたのは、結構すぐのようだった。
 寝ておるのか、とどこか遠くで誰かの声がして、涙がこめかみを伝う。
「よかったでしょ?旦那」
影がかかった。佐助だ。幸村はぼんやりと、覗き込んでくる男を視界に移した。反論する気も起きない。果てた瞬間のことは覚えていないが、それでも。
 佐助にされるがまま、耐えられなかった自分には何も言えない。
「…、……っ?」
天井をそのまま見つめ、しかしふと思ってもみなかったところに触れられて靄がかかっていた意識が急速に晴れていく。
 まさか、まだ何か。
あれで終わりだと、そう思っていたのに。
「っや……な、に…!」
ぬめる何かが、内に入ってきた。異物感に顔を顰め、だがそれどころじゃない。
これ以上、佐助は何をする気なのだろう。
「何って…終わりだとでも思ったの?俺も気持ちよくさせてよ。旦那だけ気持ちいい思いしといてずるいじゃない」
「―――……、」
 言われた意味が、分からなかった。
愕然と佐助を見上げるが、その表情は普段と変わらないまま。ごねる幸村に諭す時のような、至極当然といったそれ。
 佐助。
幸村の中で、何かが壊れていく気がした。あまりの言葉に眩暈がして、涙が溢れる。
「…何でいきなり泣くわけ?」
降ってくる言葉に、しかし何も答えられなかった。もう本当に駄目なのだと、ここまできてようやく分かった。それでも恐怖は消えなくて、それ故の震えがまた走る。
「っ…、」
内に入ってきた指は直に抜かれて、両脚を抱えられた。未だに何をされるのか分からなくて、しかしふと、先ほどまで指が入っていたそこに熱いそれがあたって。
 幸村は信じられなかった。
嘘だ。だって、そんな。
「…や……い、や…っ」
全身が震える。
信じたくない思いで見つめるが、佐助の表情は変わらない。膝裏を掴まれて、胸につくくらいに折り曲げられる。
「っ……っ、や・だ…」
涙が次から次へと溢れてくる。
だって、そんなの無理だ。無理なのに。
 ベッドのスプリングが鳴った。
ミシリと、確かに体の中から音が聞こえて。
「………さすけ…!」



無理やり組み敷いてから、初めて呼ばれた自分の名に。
―――佐助の目元が、僅かに歪められた。


























2008.9/15(公開日9/15)
破廉恥祭り二日目は無理やりでした。
一応「この身を〜」の文中であった初めて話のつもりです。が、この二人がどうやったらあの話の二人になるのかと書いた本人ながら疑問が…(笑)

ご精読ありがとうございました。