「てめえは何でああも、あいつを信用できる?」
 あいつは忍だろう。
覇気をまとい、愛刀をかまえた政宗の問いにしかし幸村は欠片も揺れなかった。
 この戦国においての忍の扱いを、武家に生まれた己が知らないはずがない。幸村にとって当然であることが、他国では有り得ないことであるのも知っている。信玄が忍を重宝しているにも関わらず、武田軍内でも忍については意見が分かれる者がいるほどだ。政宗の問いが至極最もであることを、幸村は充分に理解していた。
 だがそれでも、佐助への情が揺らぐことはありえない。
好敵手との一騎討ちを前に昂る己を御しながら、幸村はゆっくりと口を開いた。
「確かに、忍は闇に生きる者。報酬次第では仲間を裏切り、他軍に寝返ることも珍しいことではござらん」
忍は耳がいい。きっと少し離れたところで控えているであろう佐助の耳にも、当然届いているだろう。優れた忍であるあの男はこの自分にさえも気配を悟らせないから正確な位置は分からないが、それでも傍近くにいることを、幸村は知っている。
 信じているのではなく、知っている。それは幼い頃からずっと、当然のことであるが故に。
「しかし、佐助を疑う理由にはなりませぬ。佐助は佐助、この幸村の背を預けることのできる、唯一無二の者なれば」
「Ha!話にならねえな。てめえの言っているそれは、ただの言葉遊びだ」
「それではお聞きするが、政宗殿」
二槍に炎がともる。熱が生じ、昂る気が更に高みへと上りつめるのを感じた。
それに応じて政宗の刀にも稲妻が走り、炎と稲妻が互いを牽制するようにその動きを大きくする。
稲妻を起こす者は他にもいるが、やはりこれほどの高揚感を得られるのは目の前に対している男―――独眼竜、伊達政宗を相手にしている時のみだ。
その当人はやや訝しげな表情で、こちらを見つめている。あまり見た覚えのないその表情から、目をそらさずとも視野に入る竜の右目の姿に。
幸村は初めて笑みといえるものを、口の端にのせた。
「貴殿は、片倉殿をお疑いになったことがおありか」
 瞬間政宗は目を見開いて、こちらが思っていたよりも、驚きを表情に出した。あまり見た覚えのないどころではない、初めて見る意外と幼い顔に、幸村は笑みを深くする。
 意外だったというよりは、言葉通り思ってもみなかったのだろう。幸村が問うたその行為自体がではなく、考えたことすらなかったはずのそれ。
そんなことが有り得るはずがない。訊かれたなら躊躇いなくそう断言できる、むしろそれまで意識に上りすらしないほどに当然なことを言われた時の、驚きの表情だ。
 そして数瞬の後。
浮かべるのは佐助曰く、傲岸不遜な笑み。刀を構えなおし、政宗は大きく後ろへ跳んだ。
すかさずその後に控えるは独眼竜が唯一人、己の背を預ける男。
「Ha!なるほど、野暮なことを言ったみてえだな、俺は。……悪かった」
「貴殿ならば、分かって頂けると思っていた」
笑みはそのままに、しかし最後のみ少しの柔らかさを伴って呟かれた言の葉に、幸村は軽く頷いた。
 スッと背後に降りてきたのが分かり、二槍を強く握る。風も、音も気配もない。だが佐助が来たと、幸村には分かる。
「佐助」
「はいよ、真田の旦那」
呼べば自然と返る、この声の持ち主を疑うなど有り得ない。
見ればあちらも軽く言葉を交わしたのだろう、ついで政宗と目が合い、その右目とも合う。強い信念を抱くその目に、しかし応じるのは自分ではない。手慣らしといった風に手裏剣が空を切る音に、全てを任せる。
 立場は違えど、政宗と幸村が己の背を守る男に抱く情は違わない。幼い頃より一番近くで仕え、己の全てを任せられる者。武士であろうと忍であろうとそれは問題ではなく、ただその者が己にとってどれほどの意味を持つか。
他の者ならばまさしく言葉遊びで終わったであろう幸村の言も政宗は正確に理解し、だからこその謝罪に幸村も応えた。国主たるやその矜持の高さは並ではない、しかし今回は完全に政宗に非がある。
 幸村に投げた問いは、言うなれば己の右目に対する侮辱以外の何物でもなかった。
例えそのつもりがなくとも、もし己がされたらやはり黙ってはいられない。それを二言三言で己に理解させた真田幸村は常に直情型かと思いきや、傑出した武将らしくちゃんとした冷静さを持ち合わせているのだと、政宗は燃える紅を見つめる。
 対して幸村も、奥州筆頭である男のその潔さにさすがは独眼竜と胸中で呟いた。
国の頂に立つ者が軽々しく己の非を認めるのは是とされない。ましてや武田と伊達は敵だ、その武田において信玄の次に名が知れている幸村に詫びるなど、本来ならばその矜持が許さないだろうに。
「流石は我が好敵手と定めた男。貴殿と出会えたこと、この幸村、誇りに思う」
「てめえこそ熱いだけの野郎だと思ってたぜ。来な、真田幸村!てめえはこの俺が倒す!!」
同時に地を蹴った。それぞれの武器を構え、そして対するは己が好敵手。
 蒼と紅が、空を裂いた。
























2008.6/15
各所で信ではなく情と書いたのは、幸村や政宗は佐助や小十郎を信頼しているのではなく、彼らに全任しているからです。
ちなみに私は佐幸で小政です。

ご精読ありがとうございました。