相手の喉を突いた剣を一瞬で引き、正面から向かってきた次の敵を一閃の下に殺す。 愛馬に自分の意思を伝える手綱を操りながら更にまたもう一人斬り殺すと、不意に自分の名前が呼ばれた。 「グレンシール様!敵の陣営が崩れました!」 「分かった」 怒号の飛び交う中、消されずに自分の耳に届いた副官の声に頷く。 新たに突っ込んできた相手の剣を軽く受け止め、グレンシールはそのまま横に流して思い切り肩に―――切り落としやすい腱の部分に叩き落した。 悲鳴をあげてその影が馬から落ちる様を見ようともせず、すぐに手綱を操って敵の陣地の奥へと突っ込んでいく。 奥に突っ込めば突っ込むほど逃げ惑う者の数が増えていくのは、最早この戦いの結果を表していた。 逃げる者を殺しても何の得にもならない。 次の戦いのことを考えれば必ずしもそうはいえないが、それよりも今は。 後ろにぴったりとついてくる副官以下の部下もそれを分かっているからか、あくまで向かってくる者だけを殺していく。 そして、愛馬の足を止めた。 直径百メートほどの、丸く盆地になっているそこ。 淵は円の形になっており、下を見やれば幾つもの天幕が張られていて武器の蓄えもまだ少しはあるようだが、それを使うべき敵の兵士達は絶望した表情でこちらを見上げていた。 盆地になっている為、離れていればただの荒野が続くだけにしか見えない天然の要塞。 斜面は急というほどのものでもなく、人の足でも駆け上げれる程度で、逆を言えば人の足でも駆け下りることができるということだ。 更にまわりは全てこちらの兵士が固めており、逃走経路はない。 グレンシールが視線をやるのにつられたかのように、絶望した眼下の兵士達がガクリと膝を突いた。 「グレンシール様」 周りの兵士の熱気のこもった視線が自分に集まるのが分かった。 勝利を確信し、一秒でも早く駆け下りたいのだろう、既に淵を一歩踏み出している者もいる。 だが。 「降りるな」 見下ろした視線はそのままに、愛剣を鞘におさめた。 その言葉と行動に兵士達が僅かにざわつくが、構わずグレンシールは対岸を見やる。 ひどく目立つ赤を纏う相棒を見つけるのはたやすい。 それはどこの戦場でもそうで、今回もまたその姿を見つけるのに時間はかからなかった。 ほぼ一直線上の対岸で同じように部下に囲まれ、愛馬にまたがりながらもその右手には既に剣は握られておらず、そのことを認めてグレンシールの口元に不敵な笑みが広がる。 遠目な為はっきりと顔が分かるわけではないが、同様にアレンも笑んだのが直感で分かるのがおもしろい。 大方、目を付けるところは一緒かとあちらも思ったのだろう。 「下がっていろ」 周りの兵士にそうとだけ言って、右手に意識を集中する。 訓練の時ならまだしもこんなにゆっくりと集中するのは久々で、威力が増すのは明白だ。 周りの部下は悟った者もいればその逆の者もいて、それでも静かに全員が数メートル淵より下がってから、グレンシールは不敵な笑みはそのままに眼下に視線を移した。 幾つかある天幕に隠された、それ。 勝利に舞い上がった者の目では分からないほど巧妙に配置されているそれは、一瞬でこちらの大半の兵士を殺すことができるものだ。 四方が百メートル前後のここは、決して本営地に向いているとは言えない。 盆地になっているから遠くから見れば見つからないとはいえ、見つかったその時は周りを囲まれ、逃げることも出来ない欠点だらけの、要塞とはいえない要塞。 それを分かっていないはずがないだろうに、それでもここを本営地に選んだのは。 「…見上げた根性だ」 パチ、と右手で乾いた音がした。 対岸を見やれば、あちらも準備が出来ているのか右手を胸の高さで構えている。 くつりと笑って愛馬の頭を左手でかいてやり、その鼻先の下に再度視線を落とすと。 こちらが何をしようとしているのか気付いたのか、絶望の表情だった眼下の敵兵達は目を見開き、驚愕のそれになった。 ―――おそらく。 盆地に残ったこの者達は、最初から死ぬつもりだったのだろう。 天幕の下に巧妙に隠された、大量の爆弾で自分達もろとも。 その心意気は立派だが、しかし。 「俺達を騙すには、芸が足りないな」 味方までもが寒気を覚えるような、凄絶な笑みで。 「『雷の嵐』」 雷鳴の紋章最上級の技。 青い雷がほとばしり、一直線にグレンシールの右手から前方へ滑っていく。 対岸に襲い掛かるかと思われたそれは、ほぼ同時にその対岸にいる相手が放った業火と円の真上で絡み合い、その真下にいる敵兵達に焼けるような熱風を吹きつけた。 炎と雷がうなり声をあげ、互いの威力を相殺することなく交ざりあう様は味方の兵士をも圧倒し。 盆地の周りを固めていた部下達はあまりの光景に息を呑んだ。 そして。 「『火炎陣』」 示し合わせたかのように、両岸で同時に呟かれた言葉。 その言の葉が大気に溶けた途端、盆地の地面が盛り上がって。 一気に天へと、炎を噴いた。 「…っ……!!」 地底より呼び出されたマグマは、最早人に声をあげるのも許さない。 立ち上る炎の柱は盆地にあった天幕も土も人も何もかも一瞬でのみこみ、膨大な熱を周りに散らす。 人の力で起こされたものだとは到底思えない光景を目の当たりにしながら、円を囲むように盆地の周囲にいる兵士達はふと、その柱が盆地の淵の内側に留まっていることに気付いた。 決してそれ以上大きくはならず、そういえばと受ける熱風もそれほどの熱さではない。 火の粉が落ちてくることも無く、眼下にいた数百人の敵兵達が一瞬にして焼かれたマグマは想像を絶する熱を持っているだろうに、何故。 そう思って自分の上官を見やろうと顔を上げた瞬間、場は白い光に包まれた。 咄嗟に顔を背けて強く目をつぶり、そして数瞬して光がおさまったので薄目を開けてみると、既に炎の柱は消えうせていて。 「……え…」 代わりにそこにあったのは、中心が大きく割れた地面と黒く変色した土。 煙をあげている盆地には既に人の姿はなく、天幕の切れ端さえも、残っていなかった。 「…っ………!」 ゴクリと、ほとんど全ての者が息をのむ中で。 人外の力とも言うべきそれを作り出したうちの一人、グレンシールは興味なさげな目で盆地を見下ろした。 生存者はおらず、もはや爆弾さえも残っていないことを確認し。 「…任務完了。帰還するぞ」 未だ信じられないかのように盆地を見つめている多くの部下に、そう指示を出した。 2004 何気に気に入っている話です。 |